視線が絡んで、熱になる【完結】
――…



戻ってすぐにフロアに鞄等を置いてトイレに向かった。
以前に比べて容姿を気遣うようになったため、髪が乱れていないかなどをチェックしている。一般的に皆が行っていることかもしれないが。
折り畳みの小さなブラシで髪を整えていると、誰かがドアを開けて入ってくる。
顔を向けると智恵だった。あら、と声を出して会釈する彼女に琴葉も真似るように頭を下げる。

どうやら智恵も化粧直しをするようで薄ピンク色のポーチからリップを取り出し、元から妖艶なぷっくりとした唇に色を付ける。

(ドキドキするなぁ…)

同性だというのに、どうしてこんなにも心拍数が上昇するだろう。智恵のような色気はどうやって作り出すことが出来るのだろう。至近距離の彼女に見とれていると彼女がふと動きを止めて琴葉に顔を向ける。
その動きすら、スローモーションに見え、目が奪われる。

「どうかした?」
「ごめんなさい、何でもないです」
「そう。あなたは、あなたなんだから」
「え、」

突如、何の前触れもなく発せられた言葉に琴葉の手が止まる。
智恵は、クツクツと堪えるように笑いながら言った。

「みんなそうよ。誰かに近づこうと努力することは素敵よ?でもね、その人になる必要はないの。あなたはあなたのいい所がある。それをもっと引き出すべきなのよ」
「…えっと」
口紅をポーチへ戻して、今度はパウダーファンデーションを取り出す。
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