視線が絡んで、熱になる【完結】
「じゃあ、俺は帰るよ。良かったね、素敵な彼氏で」
「うん、ありがとう」
「いいんですか?ほかに伝えたかったこと、あるのではないですか」
「…」
「他に?」

キョトンとする琴葉に柊が視線を向けた。
琴葉は立ち上がった春樹を見つめる。他に何か伝えたいことがあるのならば、言ってほしかった。
春樹は口を噤み、何かを言おうとした。が、ふっと笑って首を横に振る。

「何でもない。お幸せにね。また仕事で関わることが増えると思うけどよろしく」
「わかった」

千円札をテーブルの上に置いて彼は帰っていく。その背中を見つめていると店員が来て注文をしていたコーヒーを音を立てずに並べる。


彼は最後まで学生時代自分が春樹を殴った先輩だということは言わなかった。
取引先の社員だということを考慮したのか、それともそんな過去を思い出す必要はないと思ったのか、わからない。しかし琴葉と春樹が和解をした今、過去を掘り返すようなことは言わなくてもいいのかもしれない。


「ありがとうございました。柊さんに来てもらったから何とか向き合うことが出来ました」
「いや、いいんだ」

柊がコーヒーに手を伸ばす。ブラック派の彼はそのままそれを口に含んだ。琴葉はミルクを入れる派だからコーヒーカップの近くに置かれたミルクを追加した。
「春樹君、最後何を言いたかったのかな」

柊は何も言わずに微笑を浮かべた。
結局春樹が最後に何を言おうとしたのか不明だった。柊は知っているような素振りをしていたが春樹本人が言わなかったのだから聞かないことにした。
長年、胸に積もっていたものが一日で霧散していく。
過去の自分と春樹と向き合う勇気が出たのは全て柊のお陰だ。
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