視線が絡んで、熱になる【完結】
「どうしたの?そんなに暗い顔して。何かあった?」
「何もありません!大丈夫です。午後から会社を出て理道に行くんですよね」
「そうそう。今回は新ブランドの件だから普段の担当者じゃないんだよ。どんな人なのか俺も知らないんだ」
「そうですか」

柊の件を誰かに話すわけにもいかずに、琴葉は一人で悶々としながらデスクへ向かっていた。
柊の方を本人に気づかれないように見るが彼はいたって普通だった。
腕時計くらい、会社に持ってきてくれたっていいのに。
と思ったが、周りに気づかれずにもらわなくてはいけないとなるとそれも厳しそうだ。
誰かに見られたらどうやって説明すればいいのだろう。
学生時代を知っている彼と同じ職場など世界は自分が思っている以上に狭いのだと思った。

とにかく午後からの初打ち合わせに集中しなければ。
既に奏多以外デスクにはいなかったが行ってきます、と言って涼と会社を出る。

「運転は?得意?」
運転席でシートベルトを装着しながらそう訊く涼に「ペーパードライバーです」というと「そうだろうね」と返してくる。

そう見えるのだろうか。助手席でシートベルトをして発進する車内で緊張を解すように窓の外を見た。
社会人になって購入した名刺入れを使用する場面は少なかったが今後は頻繁になるだろう。

昔から誰よりも責任感はあると自負していた。広告代理店に入社すると決まった際には、営業には不向きかもしれないがそれでもいつかの自分のように“心惹かれる”広告を作ってみたい、それに携わりたいと思っていた。しかし人事部へ配属され、あの時の熱い気持ちを忘れかけていたことに気づく。

「緊張しなくていいからね。とりあえず今日は顔合わせだから」
「はい!」
「あー、それから琴葉ちゃんって化粧してるの?」
「っ」
「あ、これってコンプライアンスになっちゃうかな~最近厳しいもんなー」

涼の楽しそうに弾む声が隣からハッキリ聞こえてきているはずなのに、それらがバラバラに聞こえる。
聞きたくないと、琴葉の中で拒否しているのだと思った。触れてほしくない部分だったから。

「少しだけ…」

流石に日焼け止めだけです、と言うことが出来ずに蚊の鳴くような声で言った。
「そうなんだ。なんか化粧映えしそうな顔しているからもっときれいになりそうだけどなぁ」
「…綺麗、」
自分とは無縁の言葉のはずなのに、お世辞なのか涼がそう言った。しかしお世辞のように聞こえないのは、ずっと営業の第一線で活躍している営業マンだからなのかもしれない。
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