視線が絡んで、熱になる【完結】
百貨店に訪れたのは久しぶりだった。
隣を歩く柊が琴葉を気にするように歩く。視線を感じるなと思い、チラッと見上げると彼に見られていることを知りすぐに顔を下げる。
柊の目が苦手だった。すべてを見抜かれているようで、逃げ出したくなる。
まるで過去の自分と対峙している気分だった。
百貨店の一階にある理道系列のブランド“シラユキ”に到着する。真っ黒でシンプルな制服を着た女性がこちらへ目を向ける。

「いらっしゃいませ、何かありましたら遠慮なくお声掛けください」

にこやかに笑うポニーテールの女性に琴葉も作り笑いを浮かべる。
店頭に並ぶ煌びやかな化粧品を見ると気持ちがときめいた。しかし、“あの事”が脳裏に浮かびやはり一歩踏み出せない。
とりあえず、ファンデーションだけ購入して帰ろう。
それを店員に伝えようとすると、柊が口を開く。

「一通りメイクをしてあげてください」
「はい、かしこまりました!ではこちらへ」
「え?!いえ、私は…―」
「いいからしてもらってこいよ」

美人の美容部員にこちらへと言われるがまま椅子に座らされる。ケープを掛けられて、「何か気になる商品はありますか?」と化粧をされる前提で会話が進められる。

「ありません…」と今にも消えそうな声で答えた。
目の前の鏡に映る自分の顔は隣にいる美容部員の女性と比べると雲泥の差と言われても仕方がないほどに女性らしさが欠けていた。
この女性も綺麗になる努力をしたって意味がないと思っているのではないか、そう思ってしまう。

「では、はじめていきますね」

他人に化粧をしてもらったことはなかった。だから美容部員の女性に肌に触れられた瞬間、全身に緊張が走る。
それが隣の女性にも伝わったのか、「大丈夫ですよ」とにっこりと笑ってくれた。
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