エリート外交官と至極の契約結婚【極上悪魔なスパダリシリーズ】
 彼は浅黒い指で私の髪を梳くようになでてから、ひと房を自分の鼻へと持っていく。その行為に背筋がゾクッとなる。

 初めて会ったパーティーのときに、ヒールが絨毯に引っかかってつまずきよろけた私をハーキム氏が支えてくれたのを思い出した。

 あのとき彼は『素晴らしい髪だ。そしてとてもいい匂いがする』と言ったのだ。

「ハーキム様なら、誘うよりも誘われるのではないでしょうか」

「私への誘惑はよくあるが、気に入った女性をものにしたいと思うのは男ゆえのものではないか?」

 男だから狩猟本能にかられていると言いたいの?

「私は日本人です。婚約者もおりますから、重婚はできません。ハーキム様のお誘いはあり得ません。仕事に遅れますので失礼します」

 ハーキム氏の手をやんわりと振りきるようにして歩き出した。

「君が私のものになるまであきらめない。覚悟しておくんだな」

 背後から聞こえてくる捨てゼリフに反応しないように、ミランダが開けたドアを通り抜けた。
「なんてひどい男なの!」

 ドアが閉まって更衣室へ向かい廊下を進みながら、隣のミランダがあきれた声を出す。

「思ったより腕を強く掴まれて怖かった」

「どうにかしないと、このぶんでは連れ去られてしまいそうよ」

「う……ん……」

 今になって、脚が震えている。

 ミランダの言う通り、どうにかしなくては……。

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