エリート外交官と至極の契約結婚【極上悪魔なスパダリシリーズ】
 顔を見られないでいると、彼が目の前に立ち腕が引っ張られる。そして本当の恋人同士のように私を抱きしめた。

「しばらくは気を緩めずにいろよ」

「……はい。月、尚哉さん。本当にありがとうございました。感謝してもしきれません……お気をつけて」

 ありきたりの会話しかできないのがもどかしい。けれど、自分の気持ちを伝えてはいけないのだ。彼には結婚を考える人がいたのだから。

「真佳奈」

 私の顎を長い指で持ち上げられ、目と目が合う。

「楽しかったよ。また連絡する」

 月城さんは顔を傾け、私の唇をそっと塞いだ。彼の唇はとても甘やかで、繊細に唇を食み、私の胸は震えた。

 泣いちゃダメ。

「最後まで演技してくれてありがとうございました」

「演技? 本当にキスをしたいと思ったからだ。じゃあな。真佳奈こそ、気をつけて帰れよ」

「はい」

 月城さんは手荷物検査場の方へゆったりとした足取りで去っていく。私はほんの少しその姿を見つめてから歩き出した。

 体から力が失われるような感覚だった。涙がたまって前がかすむ。瞬きをしたら、涙が頬を伝わるだろう。その前にバッグからハンカチを取り出して、乱暴に拭った。

『演技? 本当にキスをしたいと思ったからだ』

 月城さんとの別れを思い出し、キスされた唇に指先を触れたとき、その腕が背後から強い力で掴まれた。

 えっ?
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