3次元お断りな私の契約結婚
「……あっという間だった。あんなに緊張したのに」
家に帰って私は脱力して言った。信じられないほど緊張したけど、思えば私日本語喋ってない。全部巧が進めていた。
ネクタイを緩めながら言う。
「ああいうのは時間かけずにいかないと。勢いが大事。相手に悪知恵を思い付かせる時間与えちゃだめなんだよ」
「さすが……藤ヶ谷副社長」
「とんでもないのに巻き込まれたもんだよ。あの夜それを見抜いた自分を褒め称えたい」
巧はどしんとソファに腰掛ける。私は感心した目で見た。普段ちょっと問題多いやつだけど、いざと言うときは頼りになるな、なんて。
「でもまさかあんなにヤバい案件だとは思わなかったよ。人間が一番怖いって本当だな。俺は立場上そういうのに会う機会が多いかもしれない、杏奈も気をつけろ」
「はい……」
「あー疲れた」
巧は頭を強く掻く。セットしてあった髪が崩れて揺れた。天井を仰いだその姿がさっきのホテルでの巧とはまるで違って、私はつい笑う。
私だけが知ってる、家の中の巧。
笑われたことに気づいたのか、巧がこちらを見た。
「何」
「ううん。嬉しいなって。その、ここを出ていかなきゃいけないかと思ってたから。ちゃんと帰ってこれて、巧と一緒にいれて嬉しいなって」
「……お前はほんとさ」
巧はどこか恥ずかしそうにして視線をそらした。その光景がまた、私の心をくすぐる。
彼は立ち上がり、私の前まで歩み寄ってきた。背の高い巧の顔を見上げると、優しい目で私をみていた。
「これからは、絶対に一人で抱え込むな。なんかあればすぐ俺に言って。隠し事はしないで」
「……はい」
「また俺がいない間に樹なんかを連れ込まれちゃ発狂するかもしれない」
「あは!」
「笑い事じゃない」
少し不満げに言った巧は、そのまま私にキスを降らせた。久しぶりのキスだった。私たちはなかなかそんなムードにすらなれなかったのだ。
柔らかな感触に心臓がおおきく音を立てる。
『隠し事はしないで』
そう巧と約束したところだ。
ほんとにそれを痛感した。前巧の誘いを断ってしまって気まずくなったのも、今回の騒動も、私がちゃんと自分の気持ちを言えないのが原因だった。
全てをちゃんと伝える必要がある。それが、私に出来る誠意の示し。
何度か角度を変えてキスを交わしたあと、少し彼が離れる。その顔はいつだったか見た、野生っぽい顔だった。