3次元お断りな私の契約結婚
 ぐっと心が苦しくなる。

 私はまだ巧に言えていないことがあるから

「……あの、杏」

「あのね。聞いてほしいことがあるの」

 巧の呼びかけに重なるよう私は言った。

 声が少しだけ震えてしまった。

「……え?」

「聞いてほしいっていうか、見てほしいっていうか……その、私の部屋に来てくれる?」

 私の部屋、と言った瞬間巧が少しだけ目を見開いた。彼は未だかつて一度も私の部屋に来たことはないのだ。

 無言でそろそろと二人廊下に出る。きちんと閉じられたそのドアの前で、私は深呼吸をした。

 ちゃんと話さなきゃダメだ。あの日断ったのだって、この部屋のせいだったって、ちゃんと伝えないと。

 隠し事はダメだって言われたばかりだから。

「あけ、て、ください」

「? は、はあ」

 巧は不思議そうに首を傾げながらドアノブに手をかける。そしてついに、その禁断の扉が開かれた。



 中には見なれた部屋だ。

 散らばったゲームソフトに愛する人たちのポスター、DVD、フィギュア、抱き枕。巧はその部屋を見た途端、わかりやすく驚いた。

 それでも恐る恐る彼は中へ足を踏み入れる。麻里ちゃんしか入ったことのない私の楽園。

 震える両手を必死に抑えながら、それに続いた。小声で言う。

「あの、私……すっっごく二次元が好きで。あの、だからずっと生きてる男の人にも興味なかったの」

「…………」

「この通りかなりのオタクで。……前、巧に部屋に行っていいかって聞かれた時も、こんな部屋見られたら絶対引かれると思って、だから断っちゃって」

「え」

「かく、隠し事はよくないってわかったから。だから……見せてみた……ごめん、引いた……?」

 そっと巧の顔を見上げてみる。彼はじっと部屋中を見つめていた。

 ああ、ついに。言ってしまった。私のトップシークレット。

 今まで誰にも言うことはなかった。家なんて一人でオタ活を楽しむために存在している場所だったから、そこに誰かを入れるなんて考えてもなくて。

 でも今は違う。巧と一緒に暮らして、彼は私の生活の一部になっている。私の趣味を隠すことで彼と変な誤解が生まれるくらいなら、しっかり言ったほうがいいと思ったんだ。

 ……ただ、巧が引いたらどうしよう、という心配はあったけど。

 しばらく沈黙が流れた後、突然巧は言った。

「あれなんて名前のキャラ?」

 巧が指さしたのは、私の一番の推し、オーウェンのポスターだった。

「あのキャラのグッズが一番多い」

「お、オーウェン」

「ふーん、オーウェンか」

 何度か頷きながら巧がポスターを眺める。そして振り返り、私に笑いかけた。

「オーウェンに今感謝しといた」

「はい?」

「杏奈がこいつにはまってなかったら、俺と出会ったときフリーじゃなかったかもしれないだろ。恩人だよ」

 巧は白い歯を出して、そう笑った。
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