3次元お断りな私の契約結婚
洗濯物を全て取り込み自室へ入れ、再び晩酌へと戻った。冷めないうちに巧が作ってくれた料理を食べて喜ぶ。これ本当に舌に合う、美味しい。
それにしても、下着だけは自室で部屋ぼしとは面倒くさい。正直そこまで考えていなかった。
先ほど指摘された通り、三次元の男とほとんど接してこなかった私は色々な面で疎い自覚はある。ルームシェアしていくなら、そのことで巧に不快な思いをさせるのはいけないと思った。気をつけねば。
酒も進み空の缶が増えた頃、お風呂から出てきた巧がリビングへと入ってきた。つまみのスルメをかじりながら、反射的にそちらへ目を向けると、広範囲に肌色が見えた。
「お先」
巧は上半身裸で現れた。髪は濡れて普段のキチっとした印象とはまただいぶ違う。筋肉質な自分とは違う
広い胸板に一瞬目を奪われる。広い肩幅、厚い胸板、逞しい腕。
服の上からはわからない鍛えられた体。すごい、こんな至近距離で男の人の体なんて見たことない。
そういえばオーウェンってセクシーショットなかったなあ……ロータスはあったのになあ。そういうサービスショットってやっぱり必要だと思うんだけど。
「……杏奈」
「え?」
「見過ぎ」
いつのまにかスルメを齧るのも忘れて、私は彼の体を注視していた。しまった、めちゃくちゃガン見してしまっていた。
「ごめん、いい体だなと思って」
「お前親父か」
「それ鍛えてるの?」
「別に」
「へえー男の人はやっぱり鍛えなくてもそれだけ立派な筋肉つくんだねー女とは違う。うんうん」
「…………」
スルメを齧って感心し素直に賞賛の言葉を投げた。けれど、濡れた髪をタオルで拭きながら、巧はどこかげんなりするように目を伏せた。
「思ってた反応と違う……」
「え?」
「なんでもない。俺ものむ」
巧は冷蔵庫まで向かい、中から冷えたビールを取り出した。それを持ち私の隣までくると、すとんとソファに腰掛ける。
ここにきて、巧と隣に座ったのは初めてだった。思ったより自然だし、気まずくもない。
「温めようか、さっき作ってくれたやつ」
「できるのか」
「レンジくらいできるよ!」
先ほど巧が作った料理はやや冷めていたので、それを持ってレンジに放り込む。ちなみに私の分はとっくに完食している。
温まったそれを再び巧がいる方へ持っていき置く。立派なダイニングテーブルも存在するのに、私たちはローテーブルに食物と飲み物を広げてくつろいでいた。
「ありがとう」
「いいえ」
ビールを煽った彼は私が広げたつまみを指先で掴んでぽいっと口に入れた。黒髪の毛先から小さな雫が落ちる。それを鬱陶しそうに、タオルで拭いた。
なんとなくそれをじっと眺めながら私もお酒を口にする。
いつもスーツ姿で髪も乱れないスーパー副社長が、ビールとお菓子を摘んでる。上半身は裸で。なんだか違和感を感じると同時に、すごく親近感を覚えた。なんでも怖いくらい準備が良過ぎるし、用意周到すぎて恐怖だったけれど、こう見ればただの人間なんだなって。
当たり前のことだけれど再確認。巧もプライベートは普通の人間なんだなあ。
「何」
「なんか、仕事中と随分印象違うなあって」
「こっちの台詞。あれだけ仕事できる有名な秘書がこんなズボラとは思わなかった」
「うるさいなあ、外ではちゃんと奥さん演じてるからいいでしょ」
「まあ、契約はそうだったから文句はないけど」
巧はそこそこお酒に強いらしく、もうビールを一缶空にしていた。自分で作った料理を頬張り食べていく。
「お前、本当に男に興味ないんだな」
「え? ないよ(三次元は)」
「ふうん」
「何、今更」
「再確認しただけ」
「そっか、普通ならきゃあ! 上半身裸! ってなるところ?」
そういえば少女漫画ではそういう反応だ。少なくとも恥ずかしそうに顔を赤くして俯くのがヒロインのお決まり展開。筋肉をじっと見つめてたなんて私くらいのもんかな。
そりゃ、珍しいしかっこいいなあとは思うけれど。それは例えば、絵画とか彫刻とか見た時みたいな感覚で、性的な魅力とは到底思えない。なんでここまで三次元に興味ないのかしら私って。
「まあ、あんな凝視は普通しないだろうな」
「あは、ごめんごめん」
「いや気楽でいい」
そういったくせに、彼はどこか面白くなさそうな顔をしていた。恐らく今までの人生、自分をちやほや囲む女ばかりだったので、無反応な私がつまらない、というところか。