3次元お断りな私の契約結婚
「ありがとう、付き合ってくれて」
帰りの車内、私はハンドルを握る彼に言った。巧はぶっきらぼうに答える。
「別にそういう約束だったし」
「でも、おばあちゃん本当に喜んでたし。なんてゆうか、最初はいいのかなあって思ってたけどやっぱりよかった。この結婚した甲斐があるかなって」
本心だった。
あそこまで喜ぶとは思っていなかった。あとどれほど生きられるか分からないし、いいニュースを伝えることができてよかったと思う。
まあ、結婚式だの子供だの、期待させるようなこともあったけど……。
窓の外を見る。見慣れない景色は夕焼け色に染まっていた。人々が行き交う様子を見ながらぼんやりとあの笑顔を思い出す。痩せて皺が濃くなったように見えたなあ。
あと何回会えるだろうか。会うたびに結婚式のこととか聞かれたりするかな。誤魔化すのに一苦労かもしれない。
心の中でそう一人考えていると、長く沈黙が流れた後、隣の巧がポツリと言った。
「結婚式、する?」
思ってもみない言葉に、ぎょっとして隣を見る。彼はまっすぐ前を見据えたまま続けた。
「杏奈のおばあさんのために。凄く楽しみにしてたし。うちの親は盛大にやりたがるだろうけど、別に家族だけの小さなものにしておばあさんに参加してもらえば」
彼がそんな提案をぶつけてくるとは思わなかった。ただ目を丸くして彼を見つめる。
私と結婚式を挙げるだなんて、別に巧にとってなんのメリットもないからだ。好きでもない女とお金をかけて式をあげるなんて、労力も時間も無駄。例えばいろんなお偉いさんを招いてっていうならまだしも、家族間だけの式だなんて。
それなのにそんな提案をしてくれたのは、紛れもなく私の祖母の事を考えてくれたからなのか。さっき微笑みながらばあちゃんと話したのは気休めじゃなく、実現させるつもりだったのか。
「…………何」
私があまりに長い時間ぽかんとして彼を見ているもんだから、巧は不機嫌そうに言った。
「い、いや、びっくりして。巧がそんな気遣いまでしてくれるなんて……」
「おばあさんを安心させたくてこの結婚に踏み出したんだろ。そこに協力するのは当然だろ」
「だって、こうやって挨拶してくれただけで十分なのに。結婚式まで……」
「仰々しいのはごめんだけど、家族だけ招くくらいなら別にいいだろ。それを楽しみにしてるってあんな顔で言われちゃな」
苦笑していうその横顔をみて、私は微笑む。
いつでも自信家でちょっと歪んでるやつだなと思っていたけど。なんだ。ちょっと優しいところ、あるんだなあ。
「……だから何。変な顔でじっと見るな」
「変な顔って。笑ってるのよ。巧も人間みたいな優しいところあるんだなって感心して」
「俺はいつでも優しいだろ」
「本気で言ってるの?」
「んでどうする。規模の小さな式ならそんな時間もかけずに準備できるだろ。遠出は辛いだろうから、おばあさんの病院からなるべく近い式場でも見つけて」
本当に具体的に考え出した彼にまた私は笑ってしまった。変なところで真面目で気がきくんだから。何この人、変な人!
「ありがとう。でもまあ、もうちょっと考えておくよ。お互い仕事が忙しいのは本当だしさ」
「わかった」
「ありがとう、巧」
繰り返し感謝の気持ちを述べた。嘘の婚姻で結ばれただけの私たちだが、そんな形のお互いを思いやれる人でよかったと思った。
とりあえず、家に帰った後巧に感謝の気持ちを込めておにぎりのTシャツを買ってやろうと思った。これは、私のカードでね。