3次元お断りな私の契約結婚
「従姉妹は帰ったのか」
しばらく経って麻里ちゃんを外に見送りにでた後、リビングに入ると未だスーツ姿の巧がソファに座っていた。
「うん帰った。ごめんね、突然呼んじゃって」
「それは全然構わない、だが次からメールしといてもらえると助かる。変な事を考えてしまったから」
「あはは、麻里ちゃんが私の彼女ってね〜」
冷蔵庫に向かい中から飲み物を取り出す。グラスに注いでいると、巧は未だ自分が犯した勘違いに落ち込んでいるのかため息をついて天井を仰いでいた。
そんな彼の隣に腰掛け、笑っていう。
「大丈夫、麻里ちゃんは元々私たちの事情知ってたからさ。巧が勘違いするのも無理ないなーって言ってたよ」
「まさか親戚だったとは……」
「そんな落ち込まなくても。麻里ちゃんってほんとすごくいいお姉さんでね、信頼してるから。いつかもっとゆっくり会えるといいねー」
そう言いながらお水を口に入れると、巧がやけに真剣そうにこちらを見ているのに気がついた。
「何?」
「いや、ゆっくり、会えるといいな」
それだけ短く言うと、立ち上がりキッチンへ向かう。飲み物でも出そうとしたのか冷蔵庫前に来た彼は、ふとコンロの上にある大鍋に気がついた。
「何これ」
「あ、無性にカレーが食べたくて作ったの」
「杏奈が?」
「そう。巧も食べていいよ」
サラリと言ったが、巧は「別にいらない」とでも言うと予測していた。私のズボラさを知っているから、そんな女の料理なんて藤ヶ谷副社長は食さないかと思ったのだ。
が、意外にも彼はすぐにお皿を出して炊飯器の蓋を開けていた。まさか食べると思っておらずぎょっとする。
「え、食べるの?」
私が尋ねると、彼も目を丸くして私をみる。
「え、いいって言ったろ」
「言ったけど……食べると思わなかった」
「杏奈が料理するのなんて貴重だからな」
からかうように言いながらご飯をよそう。
「いや、たまには私もするんだよ! 平日はめんどくさいだけでさ」
「暮らしてから初めてみるから。って、なんだこれどんだけ作ったんだよ!」
お鍋の蓋を開けて彼は呆れたように言う。
「うん、約三日分はあるかな。それでも私はおかわりしたし麻里ちゃんも食べたんだけど」
「毎日カレー食うつもりかよ」
「つもりだよ。あとは冷凍しとくー」
「……ははっ」
私の言葉に、巧は白い歯を見せて笑った。くしゃりとした犬みたいな顔でカレーをよそっていく。何がそんなにツボに入ったんだか。
スプーンを持ってテーブルに置きながら巧はなおも笑う。
「敏腕秘書どこに行ったんだよ。ほんと別人だな」
「うるさいなあ……」
膨れる私に構わず、巧は頬を緩ませながらそのカレーを食べた。やはり作った身としては味の感想が気になり、私はじっと咀嚼している巧をみる。
彼はへえ、と感心したように言った。
「意外とうまい。市販のルー溶かしただけのやつじゃないな」
思った以上に素直な感想に、私は親指を立てた。
「さすが藤ヶ谷副社長……違いのわかる男!」
「お前は単純すぎるんだよ」
そう言いながら、巧はまた目を細めて笑った。