3次元お断りな私の契約結婚
一瞬覚悟して体を強張らせた瞬間、今にも触れそうだった樹くんの顔が突然持ち上がる。広がった視界に、見慣れたもう一つの顔があった。
「あっれ、いいとこなのになあ。帰宅早いねえ」
襟を巧に鷲掴みにされて引っ張られている樹くんは、首元を苦しそうにしながらもあっけらかんと言った。その横に、無言ですごい圧を出している巧が立っていた。
巧は目を座らせて樹くんに言う。
「何してる」
「んー杏奈ちゃん口説いてた」
「杏奈に触るな」
低い声でそう言いすてると、巧は樹くんを力強く床に放り投げた。倒れ込んだ樹くんもそのままに、巧は素早く私を起こしてくれる。腕を掴まれてやや強引に引っ張られながら、私はほうっと息をつく。いけない、危ないところだった……!
私は巧を見上げ安心感に包まれる。ふとその額に、汗が浮いているのに気がついた。もしかして、連絡を受けて急いで帰ってきたんだろうか?
「いって、頭打った」
「馬鹿か。どこの世界に兄の嫁に手を出すやつがいるんだよ。流石に殺すぞ」
樹くんは頭をさすりながら起き上がる。口を尖らせて言う。
「いや、だって二人全然夫婦ぽくないから、偽装結婚でもしてるのかなーって。だとしたら俺が杏奈ちゃん口説いても問題なくね?」
「偽装じゃないから問題なんだ。俺たちはちゃんと夫婦だから」
「えーほんとに? なんっか怪しいんだよなあ。普通このシーンで旦那様が助けに来てくれたら抱きついて喜ぶところじゃない?」
言われて確かに、と納得する自分がいた。しまったここは泣きながら巧に縋りつくべきだった。今更遅すぎる。巧は凄い目で樹くんを睨みつけていた。樹くんは怯むことなく、むしろ余裕のある顔で巧を見上げている。
果たしてどうやってこのシーンを終わらせようか。無理矢理追い返しても樹くん絶対疑念を持ったままだし。私たちが夫婦だと思わせるそれっぽいこと……
「あ」
私が声を上げると、二人が注目した。そんな四つの目に見られややたじろぎながら、私は無言で自分の部屋に走り込んだ。
しっかり鍵はかけながら自室で箪笥を漁る。目的のものをすぐに見つけ出し、再び殺伐としたリビングへ走り出した。気まずそうな二人の前に立ち、両手に持っていた布を広げた。
「これ!」
「……へ?」
樹くんが目を丸くしてそれを見た。私のおにぎりのTシャツだった。巧ですら、何を持ち出してるんだこいつって目で私を見ている。
「奇抜なTシャツだね」
「可愛いでしょ。これ、ペア」
もう一枚をかざした。そこには、私のよりサイズの大きいおにぎりTシャツがあった。樹くんどころか、巧ですら目を丸くする。
この前、おばあちゃんのお見舞いに付き合ってくれた巧にお礼としてこのTシャツを手に入れたのをすっかり忘れていた。何も考えずに私と同じデザインのものを買ったのだが、これは一般的に言えばペアルックだ。
「ねえ、巧がこんなおにぎりのTシャツ着るの見たことある?」
「まじでない」
「あの藤ヶ谷巧が。おにぎりのTシャツ着て寝てるの。私が欲しいって言ったから。これただのルームシェアならありえないでしょ?」
にっこり笑って二枚のTシャツを掲げる。樹くんはただぽかーんとしてそれを見上げ、巧は無の表情でこちらを見ていた。
しばらく沈黙が流れると、リビングに樹くんの笑い声が響いた。またしても爆笑している彼は、無邪気な笑顔で私たちを見る。
「うーんまあ、とりあえず今日はそれくらいで納得しておいてあげる!」
巧ははあーと深くため息をついた。ギロリと笑う人を睨み、キッパリと言う。
「お前はもう出入り禁止。二度と来んな」
「えーでも俺もう杏奈ちゃん気に入っちゃったから。また遊びにくるね、コーヒーごちそうさま!」
なんの悪びれもなくそう言いながら立ち上がり、私にヒラヒラと手を振った。女ひとり押し倒したことを何とも思ってない様子だ、その自由さにもはや恨言を言う気もなくす。
樹くんは巧にも手を振ると、そのまま鼻歌を歌いながら玄関へと向かっていった。がちゃんと扉の閉まる音がした瞬間、巧はもう何度目かわからない深いため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。
「あっれ、いいとこなのになあ。帰宅早いねえ」
襟を巧に鷲掴みにされて引っ張られている樹くんは、首元を苦しそうにしながらもあっけらかんと言った。その横に、無言ですごい圧を出している巧が立っていた。
巧は目を座らせて樹くんに言う。
「何してる」
「んー杏奈ちゃん口説いてた」
「杏奈に触るな」
低い声でそう言いすてると、巧は樹くんを力強く床に放り投げた。倒れ込んだ樹くんもそのままに、巧は素早く私を起こしてくれる。腕を掴まれてやや強引に引っ張られながら、私はほうっと息をつく。いけない、危ないところだった……!
私は巧を見上げ安心感に包まれる。ふとその額に、汗が浮いているのに気がついた。もしかして、連絡を受けて急いで帰ってきたんだろうか?
「いって、頭打った」
「馬鹿か。どこの世界に兄の嫁に手を出すやつがいるんだよ。流石に殺すぞ」
樹くんは頭をさすりながら起き上がる。口を尖らせて言う。
「いや、だって二人全然夫婦ぽくないから、偽装結婚でもしてるのかなーって。だとしたら俺が杏奈ちゃん口説いても問題なくね?」
「偽装じゃないから問題なんだ。俺たちはちゃんと夫婦だから」
「えーほんとに? なんっか怪しいんだよなあ。普通このシーンで旦那様が助けに来てくれたら抱きついて喜ぶところじゃない?」
言われて確かに、と納得する自分がいた。しまったここは泣きながら巧に縋りつくべきだった。今更遅すぎる。巧は凄い目で樹くんを睨みつけていた。樹くんは怯むことなく、むしろ余裕のある顔で巧を見上げている。
果たしてどうやってこのシーンを終わらせようか。無理矢理追い返しても樹くん絶対疑念を持ったままだし。私たちが夫婦だと思わせるそれっぽいこと……
「あ」
私が声を上げると、二人が注目した。そんな四つの目に見られややたじろぎながら、私は無言で自分の部屋に走り込んだ。
しっかり鍵はかけながら自室で箪笥を漁る。目的のものをすぐに見つけ出し、再び殺伐としたリビングへ走り出した。気まずそうな二人の前に立ち、両手に持っていた布を広げた。
「これ!」
「……へ?」
樹くんが目を丸くしてそれを見た。私のおにぎりのTシャツだった。巧ですら、何を持ち出してるんだこいつって目で私を見ている。
「奇抜なTシャツだね」
「可愛いでしょ。これ、ペア」
もう一枚をかざした。そこには、私のよりサイズの大きいおにぎりTシャツがあった。樹くんどころか、巧ですら目を丸くする。
この前、おばあちゃんのお見舞いに付き合ってくれた巧にお礼としてこのTシャツを手に入れたのをすっかり忘れていた。何も考えずに私と同じデザインのものを買ったのだが、これは一般的に言えばペアルックだ。
「ねえ、巧がこんなおにぎりのTシャツ着るの見たことある?」
「まじでない」
「あの藤ヶ谷巧が。おにぎりのTシャツ着て寝てるの。私が欲しいって言ったから。これただのルームシェアならありえないでしょ?」
にっこり笑って二枚のTシャツを掲げる。樹くんはただぽかーんとしてそれを見上げ、巧は無の表情でこちらを見ていた。
しばらく沈黙が流れると、リビングに樹くんの笑い声が響いた。またしても爆笑している彼は、無邪気な笑顔で私たちを見る。
「うーんまあ、とりあえず今日はそれくらいで納得しておいてあげる!」
巧ははあーと深くため息をついた。ギロリと笑う人を睨み、キッパリと言う。
「お前はもう出入り禁止。二度と来んな」
「えーでも俺もう杏奈ちゃん気に入っちゃったから。また遊びにくるね、コーヒーごちそうさま!」
なんの悪びれもなくそう言いながら立ち上がり、私にヒラヒラと手を振った。女ひとり押し倒したことを何とも思ってない様子だ、その自由さにもはや恨言を言う気もなくす。
樹くんは巧にも手を振ると、そのまま鼻歌を歌いながら玄関へと向かっていった。がちゃんと扉の閉まる音がした瞬間、巧はもう何度目かわからない深いため息をつき、その場にしゃがみ込んだ。