3次元お断りな私の契約結婚




 タクシーを飛ばしてようやく辿り着きた病院へ走り込んでいく。早朝のためかまだ病院内は閑散としていた。病院独特の匂いが鼻をつく。

 入ってすぐ、樹くんが待っていてくれたように立っていた。私の顔をみてハッとする。

「樹くん!」

「杏奈ちゃん、こっち!」

 彼はそういうとなんの説明もなしに足早に歩き出した。必死にその背中を追いながら、ドキドキと心臓が苦しくてたまらない。

 広い病院内の角をいくつか曲がり、樹くんはまっすぐ目的地に向かっていく。途中、一度だけ私を振り返った。それでも何も説明なく、そして私に質問する隙も与えずに足を進め続ける。

 辿り着いたのは一つの白いドアの前だった。樹くんはそのドアの前に来ると、一旦立ち止まり私をみる。

「……こ、こ?」

 少し乱れた息で尋ねると、小さく頷いた。その顔は暗く悲痛な表情をしていた。

 ワナワナと震える唇を噛み締め、私は銀色のドアノブを握り一気に開く。中は個室だった。あまり広いとは言えない病室の中央に、綺麗な顔で眠る巧の顔がすぐに目に入る。

 自分の呼吸が止まってしまったかと思った。

 大きな窓から昇り始めた日が巧の顔を照らしていた。それがなんだか幻想的で美しくて、その光景を一生忘れないと思った。

 ああ、そんな


「…………た、巧!!」

 
 ようやく喉から声を絞りだした。不恰好にもひっくり返って震えた声だった。

 横たわる彼に向かって駆け出す。シワのないシーツが寂しく感じた。



「……ん、杏奈??」



 私が涙ながらに彼に駆け寄ってる最中、ベッドの上に寝そべる男はそんな寝ぼけた声を上げた。私は同時に力が抜けてコケた。盛大にコケた。マヌケみたいにコケた。鈍い音が病室に響く。

 膝小僧を派手に床にぶつけて痛い。

「うわ、大丈夫か? てゆうかなんでここに」

 頭上から聞き慣れた声がする。

 私は床に全身を預けながら、顔だけをあげる。

「…………」

「杏奈?」

「……た、巧?」

 私を覗き込む心配そうな表情はやっぱり巧の顔だった。傷一つない顔だ。

 あ、あれえ???

 死んじゃったか、もしくは重体で死にかけてるモンだと思ってんただが……???

 私は唖然としながらも、そのまま今度は背後にいる樹くんを振り返って睨んだ。彼はトボけた顔で肩をすくめる。

「あれー? さっきまで起こしても全然起きなかったんだけど」

「…………」

 ハメられた。

 私ははあーと大きなため息をついてそのまま体を起こすこともなく脱力した。わけがわからないというように巧が慌てていう。

「だ、大丈夫か? どうした」

「…………」

「起きれないのか? 病院の床なんて雑菌だらけだぞ」

 心配して駆けつけた人間を雑菌扱いかこの男。

 私は無言のままフラフラと立ち上がる。座った目でベッドに上半身を起こして座る巧をみた。彼は至って元気で、怪我も負っている様子はない。

「事故に、あったって」

「え、ああ……背後から追突されたんだけど、そんなスピードは出てなかったから。ちょっと首が痛いから検査だけしてもらってるけど」

「…………」

「どうした、樹が連絡したのか?」

 巧は眉をひそめて私と樹くんの顔を見比べる。そんな中、彼が無事であったことでぶわっと気持ちが一気に溢れ出た。

 安堵感と、苛立ち。
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