3次元お断りな私の契約結婚
私は頭を抱えて記憶を呼び起こす。
相手の子って、なんて名前だった? あの思い出が辛すぎたせいで脳が防御反応を起こしたのだろうか。単に時間の経過のせいだろうか。相手の男の子の名前はちっとも覚えていなかった。
ちらりと再び水玉を見る。『たっくん ひっこし』……
たっくん。そうだ、
相手の子は確かにたっくんって呼んでいた。
「覚えてないかと思ってた。俺の名前聞いても全然気づく気配なかったし」
小声で言ったのを聞いて彼の顔を見上げる。困ったような顔で巧は笑っていた。
「え、ま、待って……その、出来事は覚えてるよ。でもその、相手の子の名前はすっかり忘れちゃってて」
「まあ二十年近く前だしな」
「あ、あの時の……子なの? 巧が??」
彼は静かに頷いた。あまりの驚きに言葉を失くす。
「巧は、気づいていてたの私だって……!」
「俺は記憶力いいからな」
「すみませんね馬鹿で」
つい反射的に言い返してしまったが、すぐに口をつぐむ。そうなの、そうだったのか……あの時の相手が巧だったなんて。
もう当時の顔なんて全然思い出せない。でも確かに大好きな憧れの男の子だった。
巧がゆっくり歩み寄り、クリアファイルを手に取ってそれをじっと見つめた。
「俺は名前聞いてすぐ分かった。顔みて再確認。あああの時の子だって」
「い、言ってよ……てゆうか、そんなものよくこんな長く持ってたね、あの後持って帰ってたことにもびっくりだけど……」
「捨てられるわけない。俺はあの時、嬉しかったんだ。でも周りの男友達がニヤニヤみてて、恥ずかしくなってつい捨てた」
懐かしむように巧が目を細める。その横顔をみて、何だか一気に懐かしく感じてしまう私は単純にも程がある。彼の子供の頃の姿を思い出せそうだと思った。
「捨てた瞬間泣いた杏奈をみて後悔したんだけど。その後引っ越しちゃったし、謝ることもできず」
「そう、だったんだ……」
答えた後、私はふっと笑いをこぼした。巧が私を見る。
あの頃の場面が蘇った。悲しくて辛くて三次元に興味なくなるくらい二次元にハマったきっかけでもある。
幼心に傷ついた。でもそれはもうずっと昔のこと。
「そっか、あの後ちゃんと手紙もらってくれてたんだ。そうかあ。何か今更嬉しいよ。当時はショックだったから。まあ、大人になった今は恥ずかしかったんだろうなーって想像つくけどね」
笑いながら言った。別に恨んでたわけでもないし、苦かった思い出がちょっと味を変えたかなあと思う。こんなに時間が経ってから真実がわかるなんて。
笑っている私の隣で、巧はクリアファイルをデスクの上に置いた。乾いた音が部屋に響く。
「杏奈」
「ん?」
「俺嘘ついてたんだ」
「嘘?」
巧がこちらを見る。その表情をみて笑いは止まった。酷く真剣で、恥ずかしそうで、怯えたようで、まるで小さな子供みたいな顔だった。
つられてこちらも体が強張る。
「……好きなシングルマザーなんていない」
へ、と間抜けな声が漏れた。ぽかんとした顔で巧を見上げる。
相手の子って、なんて名前だった? あの思い出が辛すぎたせいで脳が防御反応を起こしたのだろうか。単に時間の経過のせいだろうか。相手の男の子の名前はちっとも覚えていなかった。
ちらりと再び水玉を見る。『たっくん ひっこし』……
たっくん。そうだ、
相手の子は確かにたっくんって呼んでいた。
「覚えてないかと思ってた。俺の名前聞いても全然気づく気配なかったし」
小声で言ったのを聞いて彼の顔を見上げる。困ったような顔で巧は笑っていた。
「え、ま、待って……その、出来事は覚えてるよ。でもその、相手の子の名前はすっかり忘れちゃってて」
「まあ二十年近く前だしな」
「あ、あの時の……子なの? 巧が??」
彼は静かに頷いた。あまりの驚きに言葉を失くす。
「巧は、気づいていてたの私だって……!」
「俺は記憶力いいからな」
「すみませんね馬鹿で」
つい反射的に言い返してしまったが、すぐに口をつぐむ。そうなの、そうだったのか……あの時の相手が巧だったなんて。
もう当時の顔なんて全然思い出せない。でも確かに大好きな憧れの男の子だった。
巧がゆっくり歩み寄り、クリアファイルを手に取ってそれをじっと見つめた。
「俺は名前聞いてすぐ分かった。顔みて再確認。あああの時の子だって」
「い、言ってよ……てゆうか、そんなものよくこんな長く持ってたね、あの後持って帰ってたことにもびっくりだけど……」
「捨てられるわけない。俺はあの時、嬉しかったんだ。でも周りの男友達がニヤニヤみてて、恥ずかしくなってつい捨てた」
懐かしむように巧が目を細める。その横顔をみて、何だか一気に懐かしく感じてしまう私は単純にも程がある。彼の子供の頃の姿を思い出せそうだと思った。
「捨てた瞬間泣いた杏奈をみて後悔したんだけど。その後引っ越しちゃったし、謝ることもできず」
「そう、だったんだ……」
答えた後、私はふっと笑いをこぼした。巧が私を見る。
あの頃の場面が蘇った。悲しくて辛くて三次元に興味なくなるくらい二次元にハマったきっかけでもある。
幼心に傷ついた。でもそれはもうずっと昔のこと。
「そっか、あの後ちゃんと手紙もらってくれてたんだ。そうかあ。何か今更嬉しいよ。当時はショックだったから。まあ、大人になった今は恥ずかしかったんだろうなーって想像つくけどね」
笑いながら言った。別に恨んでたわけでもないし、苦かった思い出がちょっと味を変えたかなあと思う。こんなに時間が経ってから真実がわかるなんて。
笑っている私の隣で、巧はクリアファイルをデスクの上に置いた。乾いた音が部屋に響く。
「杏奈」
「ん?」
「俺嘘ついてたんだ」
「嘘?」
巧がこちらを見る。その表情をみて笑いは止まった。酷く真剣で、恥ずかしそうで、怯えたようで、まるで小さな子供みたいな顔だった。
つられてこちらも体が強張る。
「……好きなシングルマザーなんていない」
へ、と間抜けな声が漏れた。ぽかんとした顔で巧を見上げる。