3次元お断りな私の契約結婚
「列全部って! 私ムカデじゃないんだから!」
「ムカデどきたか。さすがだな、返しがいい」
「どこに感心してるのよ!」
「好みじゃないか?」
不思議そうに私に言ってくるやつは本気でなぜ私が焦っているのかわかっていないらしかった。生粋の金持ちはこれだから困る。今まではルームシェア状態だからあまり実感がなかったが、今更彼とはだいぶ感覚がずれているのだと気がついた。
「いや、そうじゃなくてね? 私こんな高級な靴買っても勿体無くて使えないよ、こんな値段を踏むことなんてできない」
「結構貧乏性なのか」
「ねえ、もっとこうリーズナブルな店の方が私自身はのびのびできるというかさあ……」
私が言うのを彼は黙って聞いていたが、店を出ることなく再び靴が並ぶ棚に注目した。そしてその中の一つを手に取ると私に差し出す。
「じゃあ列は買わなくていいから。せめて一足くらいは買え。これはどうだ、似合うと思うけど」
「え、いやだから買っても勿体無くてさあ……」
「俺の妻が安物の靴ばかりなんて困るんだよ。経済DVでもしてるのかと思われるだろ」
巧の言葉を聞いてすうっと目を細めた。出たよ、この男の世間の目を気にするところ。やっぱり性格に難があるな、私何で好きだなんて思ったんだっけ?
いやしかし、最もだった。巧はしっかりブランド物を身につけているのに、私だけ庶民じゃ浮いてしまうか。
丁度めざとく接客をしにきた店員に巧がなれた様子でサイズを尋ねる。私に合うものを用意して貰うと、すぐそばにあるソファに腰掛けて試しに履いてみた。
ひいい、こんな高いものを踏みつけて歩くのか私は。恐ろしい経験だ。
ただそれでも、履いてみた瞬間安物とは圧倒的に違うデザインとオーラに女として少しうっとりした。履き心地もよい。足先がしゃんとするだけで、こんなにも気分が変わるのか。
巧は立ったまま私を見下ろし、満足げに笑った。
「似合ってる」
「……あ、どう、も」
「それでいい?」
「は、はい」
「決まり。これを」
近くの定員が頭を下げて笑顔でお似合いですよ、などと述べてくれる。なんだかむず痒くて、ただ必死に会釈した。こういった店でも動じないように訓練が必要だなこれは。
「意外だな。杏奈がこういう店に慣れてないとは。でもまあ確かに身につける物にブランドものあまりなかったな」
「鞄くらいちょっといいの持ってるけど……別に今まで必要な場面もなかったし」
「これからは必要だろ。俺と出かけるのに」
自分の靴に履き替えながらふ、と笑ってしまう。確かにこれだけ一緒に暮らしておきながら初めてのお出かけだもんな。でもこれから先も続くのか。
立ち上がろうとした瞬間、自然な動作で巧が手を差し出した。ぎょっとして見上げる。
「? どうした」
キョトンとして彼が言う。
目の前に差し出された大きな手を見つめて少し戸惑った。
そういえばオーウェンもこういうシーンがあった、あれは靴の試着じゃなくてヒロインが転んじゃったのを手を差し伸べて助け、そのまま自然と手を繋ぎながらデートをするっていう鉄板の流れ……
ってそんなことを考えている場合じゃない。
私はなるべく平然を装ってそれに自分の手を重ねた。思えば抱きしめられたことだってキスされたことだってあるのに、手を握るのは初めてだった。
自分よりだいぶ大きいその手は思ったより熱かった。やたら緊張してしまったのを隠すように視線を下げる。
そういえば巧は知ってるだろうか。私がこんないい年にもなって男の人と手を繋ぐのが現実世界では初めであることを。あの事故みたいなキスが、ファーストキスだってこと。恋愛に興味がなかったとは言ったが、そんなやばい女とはさすがに知らないのでは。
手を繋いで街を歩くだなんて、そんなの妄想の中でしかしないかと思っていたのに。
「ムカデどきたか。さすがだな、返しがいい」
「どこに感心してるのよ!」
「好みじゃないか?」
不思議そうに私に言ってくるやつは本気でなぜ私が焦っているのかわかっていないらしかった。生粋の金持ちはこれだから困る。今まではルームシェア状態だからあまり実感がなかったが、今更彼とはだいぶ感覚がずれているのだと気がついた。
「いや、そうじゃなくてね? 私こんな高級な靴買っても勿体無くて使えないよ、こんな値段を踏むことなんてできない」
「結構貧乏性なのか」
「ねえ、もっとこうリーズナブルな店の方が私自身はのびのびできるというかさあ……」
私が言うのを彼は黙って聞いていたが、店を出ることなく再び靴が並ぶ棚に注目した。そしてその中の一つを手に取ると私に差し出す。
「じゃあ列は買わなくていいから。せめて一足くらいは買え。これはどうだ、似合うと思うけど」
「え、いやだから買っても勿体無くてさあ……」
「俺の妻が安物の靴ばかりなんて困るんだよ。経済DVでもしてるのかと思われるだろ」
巧の言葉を聞いてすうっと目を細めた。出たよ、この男の世間の目を気にするところ。やっぱり性格に難があるな、私何で好きだなんて思ったんだっけ?
いやしかし、最もだった。巧はしっかりブランド物を身につけているのに、私だけ庶民じゃ浮いてしまうか。
丁度めざとく接客をしにきた店員に巧がなれた様子でサイズを尋ねる。私に合うものを用意して貰うと、すぐそばにあるソファに腰掛けて試しに履いてみた。
ひいい、こんな高いものを踏みつけて歩くのか私は。恐ろしい経験だ。
ただそれでも、履いてみた瞬間安物とは圧倒的に違うデザインとオーラに女として少しうっとりした。履き心地もよい。足先がしゃんとするだけで、こんなにも気分が変わるのか。
巧は立ったまま私を見下ろし、満足げに笑った。
「似合ってる」
「……あ、どう、も」
「それでいい?」
「は、はい」
「決まり。これを」
近くの定員が頭を下げて笑顔でお似合いですよ、などと述べてくれる。なんだかむず痒くて、ただ必死に会釈した。こういった店でも動じないように訓練が必要だなこれは。
「意外だな。杏奈がこういう店に慣れてないとは。でもまあ確かに身につける物にブランドものあまりなかったな」
「鞄くらいちょっといいの持ってるけど……別に今まで必要な場面もなかったし」
「これからは必要だろ。俺と出かけるのに」
自分の靴に履き替えながらふ、と笑ってしまう。確かにこれだけ一緒に暮らしておきながら初めてのお出かけだもんな。でもこれから先も続くのか。
立ち上がろうとした瞬間、自然な動作で巧が手を差し出した。ぎょっとして見上げる。
「? どうした」
キョトンとして彼が言う。
目の前に差し出された大きな手を見つめて少し戸惑った。
そういえばオーウェンもこういうシーンがあった、あれは靴の試着じゃなくてヒロインが転んじゃったのを手を差し伸べて助け、そのまま自然と手を繋ぎながらデートをするっていう鉄板の流れ……
ってそんなことを考えている場合じゃない。
私はなるべく平然を装ってそれに自分の手を重ねた。思えば抱きしめられたことだってキスされたことだってあるのに、手を握るのは初めてだった。
自分よりだいぶ大きいその手は思ったより熱かった。やたら緊張してしまったのを隠すように視線を下げる。
そういえば巧は知ってるだろうか。私がこんないい年にもなって男の人と手を繋ぐのが現実世界では初めであることを。あの事故みたいなキスが、ファーストキスだってこと。恋愛に興味がなかったとは言ったが、そんなやばい女とはさすがに知らないのでは。
手を繋いで街を歩くだなんて、そんなの妄想の中でしかしないかと思っていたのに。