3次元お断りな私の契約結婚
「お会計をよろしいですか」

 私が立ち上がった直後、店員が声をかけてきた。同時に巧が返事をして私の手を離す。その手は黒いクレジットカードを取り出すのに使われてしまった。

 なんだか気まずくなって興味もないのに他の商品を見るフリをして背を向けた。離れてしまった手が名残惜しかっただなんて、口が裂けても言えないと思った。一瞬くっついだだけの掌がやたら熱を持ったように感じた。

 恋愛ど素人はこれだからいけない。





 それから私たちは予定通りホラー映画を鑑賞した。なかなか良作だった。ただし案の定見終わった後はムードのかけらもなくホラー映画を見たあとの後味悪い感じが残っていた。

 巧が以前行ったことがあるという小洒落たイタリアンのレストランに入り、そこでランチをいただくことにする。

 そういえば外食も結婚の顔合わせ以来したことがなかったっけと思い出す。改まって正面に座られるとどこか小っ恥ずかしいのは何故なのか。

「杏奈のみたかったら飲んでもいいぞ」

 メニューを開きながら巧が言う。彼は運転があるので飲めるわけがない。

 流石に一人でお酒を飲むのも気が引けたので断った。

「まだ昼だしいいや、ソフトドリンクで。ええっと、私このパスタにしようかな」

「決まり」

 メニューを閉じた巧は店員に声をかけてオーダーしてくれる。その様子を眺めながら、チケットを取るのも買い物も食事も、この人は贔屓目に見てもスマートだ。自画自賛しても仕方ないほど洗練された行動をとっている。

 金持ちゆえか、過去にあった恋愛の多さゆえか。

……両方だろうな。

 これまでもそれなりに恋愛してきたと巧は言っていたし。私とは経験値がまるで違う。きっとデートだって腐るほどしてきたはずなのだ。

 そう想像してみると、ちょっとモヤモヤした気になる自分は幼いなと思った。デート経験ない私が異常なんだっていうのに。

「結構面白かったな。ラストが微妙だったけど」

 ぼうっと考え事をしている時に話しかけられてはっとする。なんのことだ、と思いつつすぐに映画の話だと気づいて慌てて同意した。

「そうだね、オチだけちょっとね」

「途中の臨場感はよかったんだけどな」

「キャストが合っててよかったね」

「久々にホラー映画なんて見た」

 巧がそう笑った後、なんとなく沈黙が流れた。家ではくだらないことを言ったりもするのに、外だとどうも緊張してしまうのは不思議でならない。思ったより自然な言葉が出てこないのだ。

 落ち着かないためやたら目の前の水を飲む。今注文したばかりなのに、早く料理が来てくれないかなと願った。

 ちらりと正面を見てみる。

 無論普段の黒いスウェットでもない彼は腕時計を眺めていた。ああやっぱり、どうも正面向き合って改まって外食って気まずい。なんでなの。卵かけご飯食べてた時は普通だったのに。
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