3次元お断りな私の契約結婚
淡々と言った彼は私と目を合わせないままテレビの電源をつける。バラエティの再放送でもやっているのか、明るい笑い声が響いた。
巧に何かを言おうと思ったのだが何を言っていいのかわからなかった。恋愛経験値ゼロでごめん、三次元は予想外だったから、って? 言えるわけない。
少々気まずくなった私はとりあえず冷蔵庫に向かって飲み物を取り出す。それを持ち、迷いつつも巧の隣に腰掛けた。
彼と並んでテレビを見るのは初めてなんかじゃない。それなのに、なぜか私は緊張した。
テレビを意味もなく眺めながらチラリと隣の巧の表情を盗み見る。別にいつもと変わりないように見えるが、どこか不機嫌そうにも感じた。
……どうしよう。呆れさせたかな。
心の中で大きなため息をついた。
やっぱりあの後も適当な場所をぶらついて夜になるまで待って、ちょっと夜景とか見にいってムードを作ってキスでもかましたほうがよかったのか。いやでも一緒に住んでるのにわざわざ外でそんなことする必要なくない?
「杏奈? 何かすごい表情してるけど」
「へっ!!」
「この芸人嫌い?」
「いや、そういうんじゃないんだけどね。うん、大丈夫」
焦ってそう返事をしたあと、手に持っていたお茶を飲もうとして口に運んだ瞬間、どうやらぼうっとして自分の唇の位置すら把握してなかったらしい。それは私の顎周辺で中身を盛大にこぼした。
「ああっ!」
「うわ、派手にやったな」
慌てて立ち上がる。巧は素早くティッシュを箱ごと私に投げ、布巾をとりに立ち上がった。私は濡れてしまった洋服を拭くために何枚かティッシュを取りだす。
「はっ! 高級ソファ大丈夫!?」
「濡れたの杏奈だけだ。ほら」
「はあ、ならよかった……」
もらった布巾も一緒にして必死に水分を吸わせる。何をやってるんだ、ぼうっとしすぎだ。しかもこの服、お気に入りなのになあ。
「お前本当仕事の時と違いすぎ」
「い、いや、今は考え事してて」
「何を」
「え、あー、うん、大したことじゃない」
お茶でまだよかった、と思う。これがコーヒーやジュースだった日にはもっと面倒なことになっていた。私が必死に服に染み込んだお茶を拭き取っていると、巧がそれをじっと眺めながら言った。
「……杏奈」
「え?」
呼ばれてぱっと顔を上げた瞬間、思ったより近くにいた巧の顔に驚く。ついその衝撃で後ろにのけぞってしまった。
巧は何だか困ったような顔をしていた。何かを言いかけては口籠る。
「え、な、なに……?」
「……いや、なんでもない。ごめん。着替えてきたら」
ふいっと顔を背けて彼は言った。巧が言いかけた言葉の続きが気になったけれど、今の私は無理に聞き出せるだけのパワーがなかった。巧は再びソファに座りつまらなそうにテレビを眺め始める。
私は無言でそんな巧に背を向けてリビングを後にした。この濡れた服を着替えるためというのは勿論、なんとなくここには気まずくていられないと思ってしまった。
その後私は自分の部屋に篭り、夜になってようやくリビングへ行った頃は今度は巧がいなかった。どこかへ出かけたらしかった。
誰もいない広いリビングを見てため息をつく。どうしよう、これなんかちょっとヤバい感じじゃない?
そう思い悩んだ瞬間、持っていた携帯が音を鳴らした。はっとしてみれば、救世主麻里ちゃんだった。
なんというタイミング!!
巧とこうなったことを、麻里ちゃんだけには話していた。私のオタクも契約結婚も知っているのは麻里ちゃんだけなので、必然と相談相手も彼女しかいなくなる。
私は急いで電話に出ながら自分の部屋に再び戻った。
「麻里ちゃーーーーん!!!」
『うわ、どうしたのすごいテンション!何かあったの?』
「もうだめだよ、私は三次元相手はだめだよー!」
自室に入り急いで扉を閉じた後嘆く。あいかわらずの派手な部屋が出迎えてくれる。
電話口で麻里ちゃんが呆れたように言った。
『急にどうしたのよ、せっかく三次元に彼氏……いや旦那? ができたっていうのにさ』
「それがさあ……」
私は項垂れながら今日の出来事を話した。外出してほんの数時間で帰るのを促してしまったこと。手を繋ぐこともキスもせず十四歳女子に負けてしまったデートだったこと。初めてのデートだというのに気が利いたことも言えず全然盛り上がらなかったこと。
私は悲しみの極限で話しきったのだが、次に耳に聞こえた麻里ちゃんの声はなんだか嬉しそうな弾みっぷりだった。
『え、やだ、ちょっと、思ってた内容と違う!!』
「……へ? 思ってた内容?」
『いやいやいやいや杏奈……
いやいやいやいや! あんた! 可愛すぎかよって!』
「おーい麻里ちゃん帰っておいで」
『三次元はだめだっていうからね。てっきり、デートしてみたらオーウェンとまるで違う振る舞いでがっかりした、彼氏なんかいらないっていう報告かと思ってたのよ』
麻里ちゃんは明るい声でそう言った。それを聞いて確かに、今までの私だったら言いそうなことだなと納得する。全ての言動をオーウェンと比べるってやりそうだもん。
巧に何かを言おうと思ったのだが何を言っていいのかわからなかった。恋愛経験値ゼロでごめん、三次元は予想外だったから、って? 言えるわけない。
少々気まずくなった私はとりあえず冷蔵庫に向かって飲み物を取り出す。それを持ち、迷いつつも巧の隣に腰掛けた。
彼と並んでテレビを見るのは初めてなんかじゃない。それなのに、なぜか私は緊張した。
テレビを意味もなく眺めながらチラリと隣の巧の表情を盗み見る。別にいつもと変わりないように見えるが、どこか不機嫌そうにも感じた。
……どうしよう。呆れさせたかな。
心の中で大きなため息をついた。
やっぱりあの後も適当な場所をぶらついて夜になるまで待って、ちょっと夜景とか見にいってムードを作ってキスでもかましたほうがよかったのか。いやでも一緒に住んでるのにわざわざ外でそんなことする必要なくない?
「杏奈? 何かすごい表情してるけど」
「へっ!!」
「この芸人嫌い?」
「いや、そういうんじゃないんだけどね。うん、大丈夫」
焦ってそう返事をしたあと、手に持っていたお茶を飲もうとして口に運んだ瞬間、どうやらぼうっとして自分の唇の位置すら把握してなかったらしい。それは私の顎周辺で中身を盛大にこぼした。
「ああっ!」
「うわ、派手にやったな」
慌てて立ち上がる。巧は素早くティッシュを箱ごと私に投げ、布巾をとりに立ち上がった。私は濡れてしまった洋服を拭くために何枚かティッシュを取りだす。
「はっ! 高級ソファ大丈夫!?」
「濡れたの杏奈だけだ。ほら」
「はあ、ならよかった……」
もらった布巾も一緒にして必死に水分を吸わせる。何をやってるんだ、ぼうっとしすぎだ。しかもこの服、お気に入りなのになあ。
「お前本当仕事の時と違いすぎ」
「い、いや、今は考え事してて」
「何を」
「え、あー、うん、大したことじゃない」
お茶でまだよかった、と思う。これがコーヒーやジュースだった日にはもっと面倒なことになっていた。私が必死に服に染み込んだお茶を拭き取っていると、巧がそれをじっと眺めながら言った。
「……杏奈」
「え?」
呼ばれてぱっと顔を上げた瞬間、思ったより近くにいた巧の顔に驚く。ついその衝撃で後ろにのけぞってしまった。
巧は何だか困ったような顔をしていた。何かを言いかけては口籠る。
「え、な、なに……?」
「……いや、なんでもない。ごめん。着替えてきたら」
ふいっと顔を背けて彼は言った。巧が言いかけた言葉の続きが気になったけれど、今の私は無理に聞き出せるだけのパワーがなかった。巧は再びソファに座りつまらなそうにテレビを眺め始める。
私は無言でそんな巧に背を向けてリビングを後にした。この濡れた服を着替えるためというのは勿論、なんとなくここには気まずくていられないと思ってしまった。
その後私は自分の部屋に篭り、夜になってようやくリビングへ行った頃は今度は巧がいなかった。どこかへ出かけたらしかった。
誰もいない広いリビングを見てため息をつく。どうしよう、これなんかちょっとヤバい感じじゃない?
そう思い悩んだ瞬間、持っていた携帯が音を鳴らした。はっとしてみれば、救世主麻里ちゃんだった。
なんというタイミング!!
巧とこうなったことを、麻里ちゃんだけには話していた。私のオタクも契約結婚も知っているのは麻里ちゃんだけなので、必然と相談相手も彼女しかいなくなる。
私は急いで電話に出ながら自分の部屋に再び戻った。
「麻里ちゃーーーーん!!!」
『うわ、どうしたのすごいテンション!何かあったの?』
「もうだめだよ、私は三次元相手はだめだよー!」
自室に入り急いで扉を閉じた後嘆く。あいかわらずの派手な部屋が出迎えてくれる。
電話口で麻里ちゃんが呆れたように言った。
『急にどうしたのよ、せっかく三次元に彼氏……いや旦那? ができたっていうのにさ』
「それがさあ……」
私は項垂れながら今日の出来事を話した。外出してほんの数時間で帰るのを促してしまったこと。手を繋ぐこともキスもせず十四歳女子に負けてしまったデートだったこと。初めてのデートだというのに気が利いたことも言えず全然盛り上がらなかったこと。
私は悲しみの極限で話しきったのだが、次に耳に聞こえた麻里ちゃんの声はなんだか嬉しそうな弾みっぷりだった。
『え、やだ、ちょっと、思ってた内容と違う!!』
「……へ? 思ってた内容?」
『いやいやいやいや杏奈……
いやいやいやいや! あんた! 可愛すぎかよって!』
「おーい麻里ちゃん帰っておいで」
『三次元はだめだっていうからね。てっきり、デートしてみたらオーウェンとまるで違う振る舞いでがっかりした、彼氏なんかいらないっていう報告かと思ってたのよ』
麻里ちゃんは明るい声でそう言った。それを聞いて確かに、今までの私だったら言いそうなことだなと納得する。全ての言動をオーウェンと比べるってやりそうだもん。