3次元お断りな私の契約結婚
 我ながら味はなかなかうまい。これ出来たてだったら最高だったのに。

 なんだかじんわりと涙が出てきた。何を作ろうか考えて材料を買ってキッチンに立っていた時間は、こんなふうに食べるために費やしたんじゃないのに。

 バクバクと巧の分までヤケクソ気味に食べている最中だった。玄関の開く音が聞こえてきたのだ。

 時刻はもう三時近い。

 私は出迎える気力もなく、ただそのまま料理を食べ続けていた。

 ガチャリとリビングの扉が開いた。あの憎らしい顔が見える。巧は私をみて何か言いかけた瞬間、すぐに目を丸くした。

「…………おかえり」

 私は小さな声で呟く。口の中はいっぱいだ。巧は何やら手に箱を持っていた。

「珍しいな、昼飯作ったのか?」

 巧がそう言ったのを無視した。今の私は返事ができるだけの余裕がなかったのだ。ただ箸をすすめてもぐもぐと食べ続けている。

 巧は普段通りのすました顔でリビングの戸を閉め、私の元へ近づいてきた。

「料理なんて珍し」

 言いかけた彼は止まった。テーブルの上にやたら置かれているほぼ空の皿たちを見て停止している。

 2人前の料理は流石に胃がキツい。しかもチキン南蛮って。カロリー摂取しすぎた。

「……え、これ」

 私は何も言わずにそのまま箸を進めている。巧は慌てたように、私の右腕を掴んで止めた。

「ちょ、待て! これ、二人分?」

 なぜ聞くのか。聞かなくてもわかるだろうに。

 どう見ても二人分のお皿たちとお箸だ。

「そう、だけど」

「は? 俺の分?」

「他に誰のために作るのよ」

「は!?」

 掴まれた手を払って再び食べようとした私を、巧はまたしても止めた。

「ちょ! ならなんで食べてるんだよお前が!」

「だって巧何時に帰ってくるか分かんなかったんだもん。LINEしたのに既読にもならないし」

「え!? ご、ごめん充電切れてた」

 珍しく戸惑う巧を見上げる。彼は眉を下げて困ったような顔をしていた。睨みつけてやろうと思っていたのに、その表情を見て、なんだか自分が情けなくて仕方なくなった。

 デートすらまともにできなくて、それを正直にも話せないで。頼まれたわけでもない料理を勝手に作って帰りが遅いと一人で苛立ってる。なんてめんどくさい女なんだと思った。

 全部が空回っている。

「……杏奈?」

「……ごめん」

「え、いや、俺も連絡しなくてごめん、杏奈が飯作ってるとは思わなくて」

「ごめん、巧……なんか私色々ちゃんと出来なくて、怒らせてごめん……」

「は? 怒る?」

 またしてもじんわりと出てきた涙を見て、巧がぎょっとしたように仰反る。彼は焦ったように言った。
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