3次元お断りな私の契約結婚
突然の旅行



「杏奈ちゃーん。おっつかれー」

 そんな声が響いて私は振り返る。

 茶色の髪を揺らして笑う樹くんがこちらに向かって手を振っていた。すれ違う女たちが彼の横顔に見惚れている。

 仕事終わり、さて帰ろうかと会社を出た途端聞き慣れた声で止められた。まさか、また彼は私の仕事終わりを待っていたらしい。呆れてため息をつく。

「樹くん、また待ってたの?」

「だって杏奈ちゃんご飯行こうって誘ってもはぐらはすじゃん」

「だから巧も一緒にいって言ってるだけじゃない……」

「だからやだよあんな固いやつとご飯食べるの」

 目を座らせて言う彼を、私は今回はあまり邪険に扱えない。巧が事故をして病院へ運ばれた後連絡をしてくれたのは彼だった。あれがあって巧とは仲直りしたと言っても過言ではないし、多大な恩がある。

 ただ、いまいち樹くんが何をしたいのかよく分からない。多分初めは巧の妻ってことを疑ってちょっかいをかけ出したんだろうけど、もう私たちの偽装結婚を疑ってるわけでもないし。巧の事故の時は連絡くれたりしたし。普通にいい『義弟』となっているのだが。

 相変わらず巧のことは嫌いそうだし。仕事終わりを待ち伏せまでして私と食事して何がしたいんだ。

 ちなみに巧も相変わらず樹くんには『二人きりでは会うな』とうるさい。なんだこの兄弟。

「正直に言うけど、巧に止められてるの」

「だろうね。もう押し倒したりしないっていうのにさー」

「今まで巧の歴代彼女にちょっかい出してきたから心配されるのも無理ないと思うけど……ていうか樹くんはなんでそんなに私と食事に行きたがってるの? 他に相手いくらでもいるでしょう」

「杏奈ちゃんみたいな変わった子なかなかいないって」

「変わった……」

「どうやら本当に二人はちゃんと結婚してるらしいけど。それでもやっぱりど〜も腑に落ちないのも事実でねー…。ま、それは置いといて。単に一度ゆっくり杏奈ちゃんと話してみたいだけだよ。巧の幼少期の頃とか気にならない?」

 ニコッと笑って言ってくる彼の子犬感はやはり凄い。ううん、前ほどあしらえないなあ……人がたくさんいるようなご飯やさんならいいかなあ。
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