3次元お断りな私の契約結婚
藤ヶ谷さんのお相手とやらについて少し聞いてみようと思ったところに、彼の言葉が響く。
「理想的だ」
「え?」
「お互い相手がいる方が関心が逸れる。恋愛対象が男じゃないと言っても、俺に惚れない保証はないだろ」
「…………」
すんごい自信家。ちょっと今鳥肌立ったわ。
いや、頭よし家柄よし顔よしとくれば自信がついても仕方ないか。でももうちょっとそれ隠してくれないかな。
「ご安心を。私は絶対あなたを好きになりませんから」
ビシッと断言する。いくら顔が良くても家柄が良くても、ちょっと性格に難がありそうだもの、これ無理。
となりでぷっと笑う声が聞こえた。横を向くと、面白そうに笑っている藤ヶ谷さんがいた。
「いや、素晴らしい宣言だ」
「はあ」
「でも敬語だったぞ」
「しまった」
何がツボだったのか、彼はそれからしばらく小さく笑いながら運転を続けた。
「まあまあまあまあ! こんな素敵なお嬢さん、どうして今まで紹介しなかったの!」
レストランに到着した途端、上品な美人の奥様が私を見て声をあげた。隣には以前も仕事でお会いしたことのある藤ヶ谷グループ社長。二人ともさすが、出立ちだけで只者ではないことがわかる。
思ったより歓迎されていることに目をチカチカさせながらも、私はニコリと笑って丁寧にお辞儀した。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。高杉杏奈と申します」
「あなたが謝ることじゃないわ、さあさあ座って!」
顔を綻ばせ私に話しかける奥様は、どうやら本当に息子の結婚話に賛成らしい。少し良心が痛む。
隣の社長が微笑んだ。
「以前お会いしたことあるのを覚えているよ、いやとても素晴らしい仕事ぶりで感心していた」
「そんな勿体無いお言葉を」
「君みたいな人が巧の結婚相手ならなあと思っていたんだよ、本気だ」
「またまた、お上手ですね」
思ったよりいい妻を演じられそうな自分に安心した。なんせ仕事中のテンションで対応しておけばいいのだ、伊達に秘書の仕事を長くやってきたわけじゃない。
私たちは椅子に腰掛ける。人数分のカラトリーを見た時、一人分多いことに気がついた。
不思議に思っているところに、藤ヶ谷さんがそれを指摘する。
「樹はまだなのか」
やや不機嫌そうに言ったのを、奥様がたしなめる。
「もう来るわ、さっき連絡があったから。そんなピリピリしないで」
私はちらりと隣の巧さんを見上げる。その視線に気づいたようで、すぐにああと思い出したように説明してくれた。
「すまない、弟が遅れているようで」
「弟がいたの?」
驚いて声をあげて、しまったと思う。一年も付き合ってる設定なのに、弟がいることを知らなかったのは不自然だ。
だがしかし、奥様が困ったように言った。
「やだ、教えてなかったの? 昔から兄弟仲があんまりよくなくてね〜。ここ最近は仲良くなったと思ってたんだけど」
「あ、そうだったんですか……」
藤ヶ谷グループの副社長をしている巧さんは、後継者として雑誌に載ったりその名前が噂されたりしていたけれど、弟の存在はまるで聞いたことがない。
兄があんな大きな会社を継ぐとなれば、多少劣等感もあるのかもしれない。
「樹さん、も藤ヶ谷グループにお勤めなんですか?」
「いや、弟は全く違う仕事をしてる」
「え、そうなの……」
私がそう呟いた時だった。バタバタとした慌ただしい足音が響いてくる。反射的にそちらを見ると、長身の男性がこちらに近づいてくるのが見えた。
そのビジュアルを見てぎょっとする。
陶器のような肌、色素の薄い瞳、どこかあどけない可愛らしい顔立ち。異国の血が混じっていそうな、とんでもない美青年が現れたのだ。
これはこれは、藤ヶ谷家の遺伝子とは素晴らしい。私は素直に感心した。
巧さんとは違うタイプだが、とにかく顔が綺麗。こんな兄弟反則だと思う。
だが樹さんの髪は茶色に染められ、ピアスがつけられていた。キチッとしている巧さんとはまるで正反対の印象だった。
「ごめーん、待った?」
その声を聞いて、ああ性格も正反対らしいなと察する。フレンドリーで人懐こい、そんな性格が垣間見える。
隣の巧さんがふうと一つため息をついて腕を組んだ。
「三分遅刻」
「相変わらず細かーい」
そう呆れたように言った瞬間、その茶色の瞳と目が合う。私は立ち上がって挨拶をしようとした瞬間、勢いよく両手を握られて出かかった言葉が止まった。
ニコニコと犬のような表情で、樹さんが私を見ていた。
「初めましてー! 弟の樹です、うーわ美人さんじゃん。巧やるじゃん」
「あ、えっと、初めまして、高杉杏奈といいます」
「杏奈ちゃんね! 俺は樹でいいから!」
この家族の中で一人圧倒的に別世界の人間に思えた。いや、人懐こさは人一倍ある。初対面の男の人にすぐに両手を握られるなんて、初めての経験だ。
やや戸惑っていると、ふいっとその手が外された。隣を見れば、巧さんが呆れた顔で樹さんの手を持っている。
「樹」
「あ、ごめーん」
あっけらかんと謝った彼は、ニコッと私に笑いかける。
「改めて藤ヶ谷樹です、よろしくね」
「あ、よろしくお願いします樹さん」
「だから樹でいいって」
「は、はあ、では樹くんで」
「んーまあいっか」
なんと人との距離感が近いんだろう。彼はそのまま一番隅の席に座る。巧さんもはあと息を吐きながら席につく。私もそれに続いた。
「理想的だ」
「え?」
「お互い相手がいる方が関心が逸れる。恋愛対象が男じゃないと言っても、俺に惚れない保証はないだろ」
「…………」
すんごい自信家。ちょっと今鳥肌立ったわ。
いや、頭よし家柄よし顔よしとくれば自信がついても仕方ないか。でももうちょっとそれ隠してくれないかな。
「ご安心を。私は絶対あなたを好きになりませんから」
ビシッと断言する。いくら顔が良くても家柄が良くても、ちょっと性格に難がありそうだもの、これ無理。
となりでぷっと笑う声が聞こえた。横を向くと、面白そうに笑っている藤ヶ谷さんがいた。
「いや、素晴らしい宣言だ」
「はあ」
「でも敬語だったぞ」
「しまった」
何がツボだったのか、彼はそれからしばらく小さく笑いながら運転を続けた。
「まあまあまあまあ! こんな素敵なお嬢さん、どうして今まで紹介しなかったの!」
レストランに到着した途端、上品な美人の奥様が私を見て声をあげた。隣には以前も仕事でお会いしたことのある藤ヶ谷グループ社長。二人ともさすが、出立ちだけで只者ではないことがわかる。
思ったより歓迎されていることに目をチカチカさせながらも、私はニコリと笑って丁寧にお辞儀した。
「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。高杉杏奈と申します」
「あなたが謝ることじゃないわ、さあさあ座って!」
顔を綻ばせ私に話しかける奥様は、どうやら本当に息子の結婚話に賛成らしい。少し良心が痛む。
隣の社長が微笑んだ。
「以前お会いしたことあるのを覚えているよ、いやとても素晴らしい仕事ぶりで感心していた」
「そんな勿体無いお言葉を」
「君みたいな人が巧の結婚相手ならなあと思っていたんだよ、本気だ」
「またまた、お上手ですね」
思ったよりいい妻を演じられそうな自分に安心した。なんせ仕事中のテンションで対応しておけばいいのだ、伊達に秘書の仕事を長くやってきたわけじゃない。
私たちは椅子に腰掛ける。人数分のカラトリーを見た時、一人分多いことに気がついた。
不思議に思っているところに、藤ヶ谷さんがそれを指摘する。
「樹はまだなのか」
やや不機嫌そうに言ったのを、奥様がたしなめる。
「もう来るわ、さっき連絡があったから。そんなピリピリしないで」
私はちらりと隣の巧さんを見上げる。その視線に気づいたようで、すぐにああと思い出したように説明してくれた。
「すまない、弟が遅れているようで」
「弟がいたの?」
驚いて声をあげて、しまったと思う。一年も付き合ってる設定なのに、弟がいることを知らなかったのは不自然だ。
だがしかし、奥様が困ったように言った。
「やだ、教えてなかったの? 昔から兄弟仲があんまりよくなくてね〜。ここ最近は仲良くなったと思ってたんだけど」
「あ、そうだったんですか……」
藤ヶ谷グループの副社長をしている巧さんは、後継者として雑誌に載ったりその名前が噂されたりしていたけれど、弟の存在はまるで聞いたことがない。
兄があんな大きな会社を継ぐとなれば、多少劣等感もあるのかもしれない。
「樹さん、も藤ヶ谷グループにお勤めなんですか?」
「いや、弟は全く違う仕事をしてる」
「え、そうなの……」
私がそう呟いた時だった。バタバタとした慌ただしい足音が響いてくる。反射的にそちらを見ると、長身の男性がこちらに近づいてくるのが見えた。
そのビジュアルを見てぎょっとする。
陶器のような肌、色素の薄い瞳、どこかあどけない可愛らしい顔立ち。異国の血が混じっていそうな、とんでもない美青年が現れたのだ。
これはこれは、藤ヶ谷家の遺伝子とは素晴らしい。私は素直に感心した。
巧さんとは違うタイプだが、とにかく顔が綺麗。こんな兄弟反則だと思う。
だが樹さんの髪は茶色に染められ、ピアスがつけられていた。キチッとしている巧さんとはまるで正反対の印象だった。
「ごめーん、待った?」
その声を聞いて、ああ性格も正反対らしいなと察する。フレンドリーで人懐こい、そんな性格が垣間見える。
隣の巧さんがふうと一つため息をついて腕を組んだ。
「三分遅刻」
「相変わらず細かーい」
そう呆れたように言った瞬間、その茶色の瞳と目が合う。私は立ち上がって挨拶をしようとした瞬間、勢いよく両手を握られて出かかった言葉が止まった。
ニコニコと犬のような表情で、樹さんが私を見ていた。
「初めましてー! 弟の樹です、うーわ美人さんじゃん。巧やるじゃん」
「あ、えっと、初めまして、高杉杏奈といいます」
「杏奈ちゃんね! 俺は樹でいいから!」
この家族の中で一人圧倒的に別世界の人間に思えた。いや、人懐こさは人一倍ある。初対面の男の人にすぐに両手を握られるなんて、初めての経験だ。
やや戸惑っていると、ふいっとその手が外された。隣を見れば、巧さんが呆れた顔で樹さんの手を持っている。
「樹」
「あ、ごめーん」
あっけらかんと謝った彼は、ニコッと私に笑いかける。
「改めて藤ヶ谷樹です、よろしくね」
「あ、よろしくお願いします樹さん」
「だから樹でいいって」
「は、はあ、では樹くんで」
「んーまあいっか」
なんと人との距離感が近いんだろう。彼はそのまま一番隅の席に座る。巧さんもはあと息を吐きながら席につく。私もそれに続いた。