3次元お断りな私の契約結婚
家に帰り未だ呆然としたまま巧を待った。
食事は喉を通らなかった。かろうじてお風呂だけは入り済ませておく。ここ最近帰りの遅い巧とは少し顔を合わせる程度か、もしくは先に寝てしまっていることもあった。
今日ばかりは寝ているわけにもいかず、私はリビングでぼうっとしながら椅子に座っていた。
日付が変わりそうになる頃、玄関のあく音がした。びくっと体が反応する。そのまま立ち上がることもせず、私は座ったまま巧を待った。
廊下から足音が聞こえ、リビングへの扉が開いた瞬間、驚いた巧の顔が目に入る。
「なんだ、起きてたのか」
「……おかえり」
とりあえず、微笑んで挨拶を交わす。巧はふうとため息をつきながら中へ入ってきた。
「ただいま」
「忙しそうだね」
「ああ、ちょっとトラブルがあって。明日から急遽出張に行かなきゃならなくなった。せっかくの休日に最悪だ」
心底嫌そうな顔をして巧がいう。私は一旦口を開くも、すぐにそれを閉じた。
冷蔵庫から飲み物を取り出しながら巧が続ける。
「多分三日くらいで帰ってくる。帰ってきた後は流石に休み入れるから。しばらく一人になるから戸締りちゃんとしとけよ」
「……わかった」
「飲みすぎないように」
「うん」
グラスに氷とお茶を注いでその場で飲んでいる巧を横目で見る。なぜか、安西さんと巧が並んでいる姿を想像してしまった。それを振り払うように頭を振り、テーブルの上に置いた自分の拳を握る。
「ねえ」
「ん?」
「安西唯さんって、知ってる?」
私がそう言った瞬間、巧が驚いたようにしてこちらを振り返った顔が視界に入った。せっかく入れたお茶をキッチンの隅に置きっぱなしにしたまま、巧が寄ってくる。
随分と険しい顔で、彼は私を見下ろした。
「……どこでその名前を?」
やや切羽詰まったその声を聞いて、これまで感情を失ったようになっていた自分の心が一気に動いた。
こんな反応が返ってくるなんて。正直、予想外だった。きっとすました顔で「知ってるけど何で」ぐらいの答えを想定していた。
そう思った瞬間、私はようやく自分で気がついたのだ。
巧の子供を妊娠しているだなんて心のどこかで信じたくなかった。実は安西さんの狂言で、巧ははあ? という顔で答えて欲しかったんだ。きっと今のいままで、私は心の底でそんな展開を待ち望んでいた。
でも巧のこの反応を見て、安西さんとただならぬ関係があったのだと確信させられる。
もしかして、
本当はずっと安西さんの妊娠を知っていた、とか??
「杏奈?」
心配そうに名を呼んでくる巧を見てはっとする。
ううん、それはない。きっとそんなこと巧に限ってあるはずがない。ちょっと性格に難ありだけど、でもこの人は私を騙すようなことだけはしない。不器用だけどまっすぐだから。
だから……
そんな焦ったようなあなたの顔、見たくない。