3次元お断りな私の契約結婚
「……お見合い、したことあるって聞いて」

「あ、ああ……杏奈と会う前にな。他にも何人かしたことはあるから、そのうちの一人ってだけ」

「そう……」

「まさか、安西唯と会ったのか?」

 うわずった巧の声と珍しく焦る表情は、疑惑を確信に変えていく。

 いつも涼しい顔をしてる巧が、あの人の名前を出しただけでこんなふうに狼狽えている。本人は気づいていないのだろうか。

 安西唯さんっていう人が彼にとって『ただの女性』でないことは明確。



『寝たの? あの人、巧の子供妊娠してるって』



 そんな言葉、私の口から出せるわけがない



 私は不器用すぎて初めてのデートでも失敗して、その後のステップアップすら上手く対応できなくて、そんな私の口から出せるわけがなかった。言いたくなかった。残酷すぎる真実を、言える余裕がない。

 話すべきことはたくさんある。私との関係は? 安西さんとの関係は? 親にも一体なんて説明するの? 

 なのに、臆病すぎる私からはそれ以上の言葉は出てこなかった。

「……いや、お見合いしたって聞いて、どんな人だったのかなって」

 苦笑しながら答えた。巧がほっとしたのが伝わる。私と安西さんが直接会っていないことに、随分安堵してるようだ。

「そうか、噂で聞いたのか」

「……うん」

「見合いしたけど好みでもなんでもない人だったよ。親が強引に開いただけ」

 チクリと胸が痛んだ。巧が嘘をついたから。

 付き合ってないにしても、あの人とは深い関係になったはずなのに。彼は平然と嘘をついてみせた。……いや、普通は隠すか、そんなこと。私に隠す過去が無さすぎるんだ。

 ふ、と口から笑みが溢れる。

「そっか」

「杏奈が気にすることはなにもないから」

「……うん」

「さ、俺は風呂に入ってくるわ。出張の準備もしないと。めんどくせ」

 巧は大きなため息をつきながらそう言うと、そのまま浴室へと向かっていった。リビングの扉が閉まったあと、誰もいない無音の部屋に一人残される。

 つい、涙がこぼれた。

 樹くんにちゃんと私から話すから、なんて言っておいて。結局怖くて何も聞けないなんて、臆病にも程がある。でも巧の反応で分かった、安西さんは狂言をしているわけじゃない。きっと本当に巧と深い関係にあって、妊娠してるんだ。じゃなきゃ、巧があんなに狼狽えるはずがない。

 そうなれば結末はとんでもなく恐ろしいものになる。

 私と巧が離婚しなければならないという最悪のもの。私はそれをきくのが怖くて、何も言えないんだ。



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