ふたりきりなら、全部、ぜんぶ。
ドアップに映った渚の長いまつげが伏せられて。
「っ、ふぁ……っ」
キス、されてる。
それに気づいたのは数秒後。
そして、ゆっくり確かめるように、唇はふれ合ったまま、渚の顔の角度が変わった瞬間。
「っ!!」
いきなり電気が走ったみたいに、全身がびりびりして。
「ふっ、やっ……」
なに、これ……っ。
今まで感じてきたくすぐったさとは比べ物にならないくらいの衝撃。
唇にふれただけの軽い刺激のはずなのに。
とろりと甘い何かの波が一気に押し寄せてきて、揉まれて、飲み込まれていくような。
視界でチカチカとなにかが弾けて、息もできなくなるような。
「っ、なっ、ぎ、」
「むぎ……?」
ぎゅうっとシャツを掴む手に力が入ったことに気づいた渚がゆっくり離れてくれたけれど。
ドンッ!!
「え……?」
渚は落ちちゃうんじゃないかってくらい、目を見開いて固まってた。
その顔は、さっきまでの、喜んで、幸せいっぱいに笑ってた表情とは真逆の。
「むぎ……?」
「あ……」
今私、なに、して……。
渚の傷ついた、泣きそうな顔を見た瞬間。
「っ!」
自分が突き飛ばした、
しでかしたことの重大さに頭が冷えて。
「ご、ごめんなさ……っ」
なんとか謝ろうとしたけれど。
ぼろぼろ涙は出てくるし、体は震えて、心臓のあたりを押さえることしか症状を抑えることができなかった私は。
「むぎ!」
ガクガク震える足でなんとか立ち上がって、渚を置いて、外に飛び出した。
走って走って走って。
とにかく家から遠い方向に走って。
渚に追いつかれないように、
私の好きな場所を知り尽くしている渚にどこに行ったかバレないように。
ただ闇雲に走るしかなかった。