すべてが始まる夜に
「すっ、すみません。部長、冷蔵庫の中にあれしかないってことは、食べるものは無いってことですよね?」

食べるものが無い?
いや、冷蔵庫の中にはそれしか入っていなかったかもしれないが、カップラーメンぐらいはあったはずだ。あれはお湯を注ぐだけでいいから洗い物も出ないし、一人暮らしの男には大変重宝な食べ物だから必ず常備してある。そう答えるとまた予想外の答えが返ってきた。

「カップラーメンって……、風邪ひいてるのに。あの……、もし嫌じゃなかったら私がお粥かおうどんか作ってきましょうか?」

思わず目を開いて白石の顔をじっと見つめる。
お粥かうどんを作る?

「はっ? いや、そんなことまでしてもらうわけにはいかないだろ。大丈夫だ。あとで何か買いに行くし」

「あとで買いに行くって、絶対行かないですよね。多分、プリン食べて、カップ麺食べて今日はそれで過ごすつもりでしょ」

敬語で話していたのが急にタメ口に変わり、ほんのり色っぽい笑顔を向けられ、俺は不覚にも狼狽えてしまった。

そ、そんなことないよ──と言いながら、視線を逸らす。

「部長、昨日はあんなに熱が出てたんです。今は下がっているからと言ってもまた上がるかもしれないし、病院に行かれるつもりがないのでしたらちゃんとごはんは食べてください。お粥とおうどん、どっちがいいですか?」

「ほんとにいいのか? 作ってもらっても」

「お口に合うかどうかはわかりませんけど、カップ麺よりはマシだと思います」

「じゃあ、うどんがいいな」

「わかりました。じゃあおうどん作ってきますので、1時間後くらいにピンポン鳴らしますね」

白石はそう言って自分の家へと帰っていった。
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