すべてが始まる夜に
「白石、この場所を一度見てみるか?」
「えっ?」
「見てみたいだろ?」

部長の言っている意味がよく分からない。
言葉通りに取ると、福岡に行ってその場所を見てみたいかということになる。

「いや、既存のギャラリーを使用するならこのイメージだとな。うーん……、俺はやっぱり行った方がいいと思うんだよな……」

私が作成したプレゼン資料をもう一度確認しながら自問自答するように呟いている。そして部長は、「やっぱり実際に見た方がいいな」と資料から視線を放し、私を見た。

「白石、今後の勉強のためにも、一度この場所を見ておいた方がいいと思う。近いうちに福岡出張の予定を組むからそのつもりで」

「はい? しゅっ、出張ですか? 私が?」

驚いて声が裏返ってしまった。

このエムズコーポレーションに入社して以来、一度も出張なんて行ったことがない。 本来、この事業戦略部は出張することなんてほぼ無いのだ。
私たちの仕事は開発企画部から渡された資料を元に、カフェに来店するターゲット層や周辺の環境などを踏まえて店舗のイメージやコンセプトを考えていく部署なので、写真や映像で見ることはあっても、実際に行って新店舗候補地の場所を見るということは誰もしたことがない。

なのに、いきなり出張?
そんな勝手なことをしても大丈夫なのだろうか。
出張申請して、上層部がOK出してくれるの?

いろんなことが頭をよぎる中、部長は当然のように話を続けた。
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