すべてが始まる夜に
部屋に入って鞄を置くとすぐに手を洗い、冷蔵庫に入れておいた土鍋を取り出してコンロに置いて火をつける。

ひとり暮らし用の冷蔵庫なので大きくはないけれど、夏場などは作ったものが腐らないようにと鍋ごと入れることができるスペースを冷蔵室の一番下に確保している。

少しして鍋が温まり始めたのか、出汁のいい匂いがしてきた。

あー、いい匂い。お腹空いたな。
部長はどのくらい食べるかな?
全部の具を入れても大丈夫かな?
っていうか部長って、おでんだけで足りるの?

ぐつぐつと煮立ち始めたのおでんを見つめながら考える。自分ひとりが食べるのならおでんだけで十分だけど、部長に渡すとなるとおでんだけでは少ないかもしれない。

そう考えた私は冷蔵庫から白菜とトマトを取り出し、白菜の浅漬けとトマトのマリネも作ってみた。

あとはこれをタッパーに入れて……。
いらないって言われたら私が明日でも食べたらいいし。
おでんは部長が持って来てくれたお鍋にまた入れればいいでしょ。

とりあえず白菜の浅漬けとトマトのマリネを保存容器に入れておこうとキッチンの上の扉を開けたとき、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「えっ、うそ? もう30分経ったの? 早っ。どうしよう、まだタッパーにも入れてないのに」

念のため、ドアスコープで部長の姿を確認する。

「やっぱり部長だ。ちょっと待っててもらおうかな」

私は2つ付いているドアの鍵をガチャガチャと開けた。

「部長、すみません」

ドアを開けると同時に部長に視線を向けると、部長が左右を見渡しながらお鍋を持って立っていた。先ほどのスーツからスウェットの上下に着替えている。

なんてことない黒のスウェットの上下なのに、部長が着るとどうしてこうもかっこよく見えるんだろう。

「同じマンションなのに3階だと全然景色が違うな」

「そうですよね。やっぱりここは低いですから」

「あっ、これ鍋。ありがとな」

手に持っていた鍋を私に差し出してくる。
私はそれを受け取ると、部長におでん以外のものも食べるかどうか聞いてみた。
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