すべてが始まる夜に
頭の中がぼうっとして息が途切れ始める。

ねっ、ねぇ、息継ぎって、息継ぎってどうするの……。

こんなキス、いつ息継ぎをしていいのかもわからない。
さっきまで感じていた甘いプリンの味が完全に消され、もう何が起こっているのかわからず、耐えられなくなった私は部長の腕をぎゅっと掴んだ。

「ごっ、ごめん……。悪い……やりすぎた」

目の前で部長が謝っているということはわかっているけど、頭の中がぼうっとしていて何も考えることができない。
自分の心臓の音だけがドクドクドクドクと聞こえてくる。

「大丈夫、……か?」

心配するように、様子を窺うように、部長が眉をひそめる。私はぼんやりとした中で部長の顔を見つめた。

「部長……、あの、これって……、今のって……、キス、ですか?」

えっ? と部長が少しだけ目を見開いて聞き返す。

「こんなの……知らない……、キスじゃない……」

「ごめんな、白石。ここまでするつもりはなかったんだが……」

部長はそう言葉を発したあと、なぜか私から視線を逸らした。

どうしたのだろうか?
いつもならこんなにもあからさまに視線を逸らされることはないのに──。
部長の態度を見て不安になる。

キスをしたことで、部下に手を出してしまったという罪悪感に苛まれているのだろうか?
もしかしたらその罪悪感から、私とはもうあまり関わらないようにと避けられているのかもしれない。

段々と現実に引き戻され、ぼんやりとしていた頭の中がクリアになっていく。
私には松永部長とキスをしてしまったという驚きよりも、部長に視線を逸らされ避けられていると感じることの方がなぜかショックだった。

「部長、私は大丈夫、……ですから」

自分でも分からないけれど、これ以上部長に避けられるのだけは防ごうと、力を入れて無理やり笑顔を作ってみる。部長は何も言わず、少しだけ口元を緩めて微笑んでくれた。
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