すべてが始まる夜に
ふり(・・)をしようと思っていたのに、かすかに唇に触れてしまい、触れた瞬間、これ以上はしてはいけない──と頭ではわかっていたにもかかわらず、もう止めることができなかった。

さっき食べた甘いプリンの味がほのかに感じられ、その甘さがますます俺の気持ちを増長させていく。
そしてもっと深いキスをしようとした時、白石の身体がビクッと反応した。
その瞬間、俺はふと我に返り、唇を離した。

おっ、俺は白石に何をしようとしてるんだ──。

白石が俺に抱きつくように倒れ込む。
反射的に強く抱きしめてしまった俺は、すぐに腕を解き、ゆっくりと身体を離しながら白石に視線を向けた。

「ごっ、ごめん……。悪い……、やりすぎた」

キスをするつもりなんて全くなかったのに、俺はなんてことをしてしまったんだ。止めることができなかっただけでなく、今の今まで全てが無意識だった。
白石は何も言わず頬を上気させて、ぼうっとしたまま座っている。
今まで感じたことのないような気持ちが胸の奥で湧きあがる。

「部長……、あの、これって……、今のって……、キス、ですか?」と問われ、意味がわからずもう一度聞き返す。

すると、「こんなの……知らない……、キスじゃない……」と吐息と声が入り交じるような小さな声で呟いた。

「ごめんな、白石。ここまでするつもりはなかったんだが……」

大丈夫、です──と答えた白石の顔を見て、また触れてしまいそうになり、急いで視線を逸らした。



『私でセックスの練習をしませんか──?』



なぜかそのときふと、先日の白石の言葉が頭を掠めた。
俺がOKと言えば、この続きが……。
いや、俺はさっきから何を考えているんだ。
相手は白石だぞ。部下だろ。こんなキスをしたことも問題だと言うのに──。

今のキスをどう思ったのかわからないが、気にしないでください──と一生懸命笑顔を作る白石に、俺は何も言えず微笑み返すことしかできなかった。
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