すべてが始まる夜に
心配してくれてありがとう──、ともう一度笑顔を向け、再び業務に戻りながら金曜日の夜の出来事のことを考える。

部長はどうして急に目を合わせてくれなくなったんだろう?
やっぱりキスをしたから?
それも部下にキスをしてしまったから?
私はそんなこと気にしてないのに。

そうだ。
若菜ちゃんに聞いたら、部長が急に目を合わせてくれなくなった理由を教えてくれるだろうか。部長が(・・・)とは決して口が裂けても言えないけれど、知り合いがと言えば何か教えてくれるかもしれない。

そう思った私は、若菜ちゃんの方へ顔を向けた。

「若菜ちゃん、ちょっと聞いていい?」

「はい、なんでしょうか?」

「あの、顔見知りというかすごく親しいってわけじゃないんだけど、話したり、仕事の相談をしたり、一緒にごはん食べたりしてた人が急に目を合わせてくれなくなったってどういうことなのかな?」

「えっ? はっ? あっ、あの、それって、茉里さんの話……です、か?」

若菜ちゃんは驚いたように目をぱちくりさせて私を見る。

「そ、そうなんだけど……。なんか突然目を合わせてくれなくなって……。あの、全然ってわけじゃないんだけど、目が合ってもすぐに逸らされるって、それってやっぱり嫌われたのかな?」

「あの、聞いてもいいですか? その人って……、その、男の人ですか?」

そう、と小さく頷くと、若菜ちゃんは目をさらに大きく開いて無言のまま私を見つめた。
その顔を見て急いで否定する。

「あっ、彼氏とかそんなんじゃないからね。私彼氏いないし。友達じゃないんだけど知り合いというか……」

語尾を弱めながらごにょごにょと言っていると、そうされるようなきっかけって何か思い当たることはあります? と若菜ちゃんが首を傾げた。

きっかけは……と呟きながら何か理由を探す。
キスをしたから──なんて若菜ちゃんに言えるわけがない。
だけど若菜ちゃんに答えられるような理由は何も思いつかなかった。
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