すべてが始まる夜に
「部長は何か食べたいものはありますか?」

部長の方にくるりとメニューを向け直すと、「俺はそうだな……。刺身の盛り合わせに、この合鴨の山椒焼きが食べてみたいな」とメニューを指した。

「合鴨の山椒焼き? それ美味しそうですね。あと銀鱈の西京焼きも頼んでいいですか」

「おお。それも旨そうだな。……っていうか、このメニューだと先に酒がいるだろ。最初は白石も生でいいか? それとも違うもの飲むか?」

「えっ、部長お酒飲まれるんですか?」

先ほど部長が困ったような顔をしていたこともあり、サクッと夜ごはんを食べて帰るつもりだった私は、驚きながら目を見開いた。

「そんなに驚いた顔して、俺なんかおかしいこと言ったか? もしかして白石はこのメニューで酒飲まない気か?」

「い、いえ。じゃあ少しだけなら……。私もビールにします」

先ほどの女将さんを呼んで、生ビールと料理を注文する。「ではすぐにビールをお持ちしますね」と女将さんが部屋から出ていったので、私はテーブルの上に開いていたメニューを閉じた。テーブルの端っこにメニューを戻したあと、部長と会話が始まるわけでもなく、しーんとした個室に微妙な空気が流れる。

部長と2人だと緊張するな。
早くビール来ないかな。
何か話さないと間が持たないじゃん。
どうしよう。何か話すこと……。
あっ、そうだ! ちょっとだけ仕事のこと聞いておこう!

「あ、あの松永部長、こんなところで申し訳ないんですけど、少し仕事の話をしていいですか?」

「んっ? 仕事の話?」

「は、はい。私、来春出店予定の福岡のカフェを担当することになったんですけど、部長は3月まで福岡にいらっしゃったんですよね。カフェ予定地ってご存知ですか?」

「そう言えば、福岡の3店舗目は白石が担当だったな。カフェの予定地がどうかしたのか?」

「今回のカフェって、従来の駅前や空港のカフェではなくて地方では珍しい通り沿いのカフェって聞いたんです。開発企画部から資料と一緒に場所の外観写真なんかはもらえますけれど、どんな場所とかご存知でしたら教えてもらえたらなと思って。できれば今までの『カフェ ラルジュ』のイメージとは少し違ったカフェにしたいんです」

「従来のラルジュのイメージとは違ったカフェ?」

「はい、少し温かみのあるカフェというか……。せっかくの通り沿いのカフェなので。でも、写真だけだとイメージがわかないし、都内だったら休日にその場所まで行ってみたりできるのですが、さすがに福岡だと行けないので。部長がご存知でしたら教えてもらえたらなと」

部長に仕事の話を聞いてもらっていると「お待たせしました──」と、先ほどの女将さんが持ってやってきた。
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