すべてが始まる夜に
んっ? 今のってなんだったんだろう?
目を逸らされたってこと、だよね?

女性たちは部長に、「ロールキャベツお好きなんですか? 私も好きなんです」なんて会話を始めている。

そっか。あの人たちは部長とお話がしたいんだ。
やっぱり部長、イケメンだもんね。
こんな全く知らない人たちからも声をかけられるって、部長ってさすがだな。
モテる人ってこんな感じなんだ……。

そう納得しながら牛すじを口に運んでいると、なんか今まで感じたことのないモヤモヤとするような気持ちが湧きあがってきた。

なに? この変な感じ。
胸の奥に何かがつっかえているような感じだ。
さっきまで何ともなかったのに……と思いながら胸のあたりをさすってみる。
牛すじを食べ過ぎたのだろうか。
でも苦しいのはお腹よりも胸の方が苦しく感じる。

ふぅーと息を吐いていると、「どうした? 気分が悪いのか?」と、部長が顔を覗き込んできた。

「気分は悪くないんですけど、なんか胸の奥がつっかえてる感じがして……」

部長が気にしないように、作り笑顔を浮かべて微笑んでみる。

「結構混んできたし、帰るか?」

部長は心配そうな顔をして気遣ってくれながら、「大丈夫か?」 と私の背中をさすり始めた。
大きな手のひらが背中でゆっくりと動き、段々と気持ちが落ち着いてくる。

そしてさっきまでのつっかえるような苦しさが収まり、嘘のように胸の奥にあった違和感が何も感じなくなった。

「だいぶ良くなりました。ありがとうございます」

「ならいいけど……。そろそろ帰るか?」

「部長、この残り食べてから移動してもいいですか?」

「それはいいけど本当に大丈夫か? 無理して食べなくてもいいんだぞ」

「はい、大丈夫です。それと……」

屋台のお兄さんに聞かれないように部長の耳元に顔を近づける。

「ここ出たら、ラーメン屋さんの屋台に行ってもいいですか?」

部長は私に顔を向けて一瞬見つめたあと、無言でうんうんと頷き、そのあと笑いをこらえるようにビールを口に運んだ。
< 177 / 395 >

この作品をシェア

pagetop