すべてが始まる夜に
威勢のいいお兄さんに「ごちそうさまです」と言葉をかけて、部長と一緒に席を立つ。

もう帰られるんですか──? という2人組の女性に部長は無言で小さく会釈をすると、「少し歩くか」と私の顔を見た。部長に向けてコクンと頷き、一緒に福岡の夜の街を歩き始める。

「部長、ごちそうさまでした。あの牛すじ、すごく美味しかったです。玉子焼きもおでんも」

「体調はもう本当に大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です。どうしたんだろ。やっぱり牛すじを食べ過ぎたのかな? それより部長、次のラーメン屋さんは私が払いますからね」

斜め上を見上げながら奢ってくれた部長にそう言うと、「そんなことはお前が気にするな」と、フッと軽く笑われた。

「だって宿泊代も出してもらってるのに……。あのホテル、すごく高かったんじゃないですか?」

「だからそんなことは気にするなって言っただろ? 俺は白石に3回も世話になってるんだ。このくらいするのは当然だろ」

3回も世話になってるって……。
あれは3回とも偶然が重なってそうなっただけであって、別にお世話したわけじゃないのに。

「じゃ、じゃあ、明日のカフェ代は私が出しますからね! それは絶対ですよ。部長、明日の朝はホテルで朝ごはんを食べないでくださいね」

部長は口元を緩めて楽しそうに微笑んだまま、何も答えない。

「部長、聞いてます? 朝ごはん食べたらカフェで何にも食べれなくなっちゃいますから食べちゃダメですよ。明日のカフェは私が払いますから! いいですか?」

「ああ、わかった、わかった。じゃあ明日は素直にご馳走になるよ」

観念したように頷く部長に、明日は9時に出発しますからね──と念を押すように私は視線を向けた。
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