すべてが始まる夜に
「いや、俺は東京出身だけど」

「えっ? 東京ですか? じゃあ福岡にいたのは……」

「それは入社して福岡に配属されたからだよ。俺は生まれも育ちも東京だ」

「で、でも今ひとり暮らしされてらっしゃいますよね?」

「ずっとこっちでひとり暮らししててさ、今さら親と住んでも窮屈なだけだろ。別に干渉されるわけじゃないけど、生活スタイルも違うしさ。たまにメシ食いには帰るけど。だから親は都内に住んでるよ」

そうだったんだ。知らなかった。
てっきり福岡出身なんだとばかり思っていた。
部長の新たな一面が知れたようで、少し得した気分になってしまう。

「そうだ、水島部長って九州支店にいらっしゃったんですか?」

「水島さん? 水島さんは確かずっと東京じゃないか? あっ、一時期大阪に行っていたときがあったかな?」

視線を動かしながら、思い出すように首を傾げている。

「水島さんが九州支店だと何かあるのか?」

「前に社食で部長のことを下の名前で呼んでましたよね? だからここで一緒に働いていたのかなって」

私は社食でちゃんと聞いていなかったけど、確か葉子がそんなことを言っていたはずだ。
昔からの知り合いじゃないかって。

「ああ、そういうことか。水島さんは俺が学生のとき、渋谷店でバイトしてたときの店長なんだ。だからだよ」

「うそっ。水島部長が渋谷店の店長ですか?」

「そんなに驚くことはないだろ。昔はさ、入社したら必ず1年は店舗で研修させられてたんだ。水島さんは顧客に人気がありすぎて本社に戻してもらえず、そのまま店長まで昇格しちまったけどな」

当時のことを思い出したのか、部長はククッと笑っている。

そうなんだ……。
これは葉子に教えてあげたら喜ぶかも!
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