すべてが始まる夜に
お湯を抜いてシャワーを浴び、身体と髪の毛を洗ってバスルームを出ると、時刻は6時を過ぎていた。お湯に浸かったからか、鏡を見るとだいぶ顔の浮腫みもとれてきたようだ。

「よかった。さっきよりだいぶマシになってる」

髪の毛を乾かしながらテレビを点け、ぼうっと流れている映像を見る。
部長との約束は9時なので、私はのんびりと準備を始めながら、スマホでこれから行くカフェの検索を始めた。


「部長、おはようございます」

準備を終えてロビーに降りると、部長は既にソファーに座ってスマホを見ていた。
土曜日だからかスーツではなく、白いカットソーにお洒落な生地の縦縞のシャツを羽織り、黒いジーンズを合わせている。イケメンでスタイルのいい部長にはとてもよく似合っていて、前髪を下ろしているせいか、より一層若く見えた。

「おはよう。昨日はよく眠れたか?」

「はい、実はお風呂にも入らずお化粧も落とさずに寝てました。起きたら顔がものすごく浮腫んでてびっくりしました」

「そうか? そんなに顔は浮腫んでないけどな」

「朝起きて、一生懸命マッサージしましたもん」

部長はニコリと笑うと、「鍵とスーツケース貸してくれるか? 荷物預けてくる」と言って私からスーツケースを取り、フロントへと向かった。

「本当にすみません。こんないいホテルに泊まらせていただいて……」

戻ってきた部長にお礼を言いながら頭を下げる。

「それは気にすんなって昨日言っただろ? 行くぞ」

話を断ち切るように歩き出した部長の後ろを慌てて追いかけながら、博多駅に向かって歩いていく。そして私たちは地下鉄に乗って如月さんのギャラリーがある最寄り駅へと向かった。

「これからどこのカフェに行くんだ?」

駅を出て周りを見渡しながら尋ねてくる部長に、ここです──と私はスマホの画面を見せた。

「ここは幹線道路沿いのカフェだな。ギャラリーから近いといえば近いが、微妙な距離だな」

「そうなんですけど、この近くに3軒ほどウチと同じようなコーヒーチェーン店があるじゃないですか。3軒の中で一番ここが大きかったので、とりあえずどんな客層なのかを見てみたくて……」

「なるほど。じゃあまずはそこに行ってみるか」

駅からの距離は5、6分といったところだろうか。
チェーン店と分かるお馴染みのマークが見えてきた。

お店の中に入り、先に席を確保するために4人掛けのテーブル席に座る。そして私は両手を口元に添えて周りに聞こえないような小さな声で部長に話しかけた。
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