すべてが始まる夜に
「恋愛はどうやったらいいか? マニュアル本? そもそも、そのマニュアル本ってのはなんだ? 女には男と付き合うのにマニュアル本なんてものが存在するのか?」

「女性専用かどうかはわかりませんが、付き合うまでの流れを書いたマニュアル本です」

「付き合うまでの流れを書いたマニュアル本?」

ますます分からないといった顔をして首を傾ける。

「えっと、付き合うまでにデートは何回くらいしたらいいとか、告白されてから付き合うとか、告白される前に身体の関係を持っちゃいけないとか、付き合い始めたとしても身体はすぐに許しちゃいけないとか……、そんなマニュアル本です。私、ちゃんと書いてある通りにしたはずなのに、ホテルに行こうって誘われてまだ早いからって拒否したら、『俺のこと本当に好きじゃないのか?』とか、『付き合ったら抱きたいって思うのは当然だろ?』とか言われて、結局振られちゃうんです。どうしてうまくいかないんですかね。私の断り方が下手だからですかね?」

今まで誰にも言ったことのない思いを吐き出し、はぁと大きくため息をつく。本当にいったい何がいけないのかさっぱり分からない。
もう27なのに、切実な悩みなんです──と視線を落とすと、「お前は高校生か」という呆れたような声と表情が返ってきた。

「だいたいそんなマニュアル本なんて人それぞれなんだから全員に当てはまるわけないだろ。1、2回デートすれば相手の性格はだいたいわかるだろうし、身体の相性を確かめてから付き合うヤツだっているだろうし。そんなに慎重にならなくても価値観や金銭感覚が一緒ならまずは付き合ってみたらどうだ。それとも過去によっぽど酷い男にでもひっかかったのか?」

「そんなのはありません」

「ならそんなに難しく考えることはないだろ」

「でもマニュアル本には……」

「あのな、ああいうマニュアル本っていうのは書いた奴らの見解本だろ。白石の良さや苦手なことや男の好みなんか全く知らない奴らが書いているのに、白石がその通りにして上手くいくわけないだろ。何でそんなものを信じるんだ? だいたい白石ならそんな本に頼らなくてもモテるだろうに。どうしてそんなにマニュアル本にこだわるんだ?」

「付き合い方の正解がわからないんです」

「そんなの誰だってわからないさ。恋愛には正解も不正解もないんだから。だいたい恋愛ってのはお互いに一緒の時間を過ごす中で育んでいくものだろ」

でも遊ばれて捨てられるとか怖いんです──と言った私に、部長は「いいか、白石」と話し始めた。
< 20 / 395 >

この作品をシェア

pagetop