すべてが始まる夜に
魔性のプリン
土曜日。
私は朝から鏡の前でスカートを履いてはまた脱いだり、カットソーからニットに着替えてみたり、カーディガンを羽織ってみたりと、クローゼットの中にある洋服を取っ替え引っ替えしながらコーディネートを繰り返していた。

時計を見ると、部長との約束の時間まであと1時間だ。
一昨日、部長との打ち合わせの中で、話の流れから蔵田珈琲という喫茶店に一緒に行くことになったけれど、まさかここから一緒に行くことになるとは思ってもみなかった。

「あー、どの服を着て行ったらいいんだろう。全然決まらない……」

さっきから何度同じことを繰り返しているのだろうか。
いつもならすぐに決まる洋服も今日は全く決まらない。
部長との約束の時間が刻々と迫っている。

「やっぱり最初のブラウスとスカートでいいかな。あれが一番可愛く見えるよね? ……っていうか何で私、蔵田珈琲に行くだけなのにこんなに服装を悩んでるんだろう?」

今日はあのギャラリーをカフェ ラルジュとして企画するヒントが欲しくて、何か参考になることはないか、お気に入りの喫茶店にでも行ってみようと思っただけだ。

ただ蔵田珈琲に行くだけなのに、久しぶりに美味しいプリンでも食べて帰ろうと思っただけなのに、何でこんなに服装が気になるのか……。
彼氏とデートするわけでもないのに──。

「私、何してるんだろう……。やっぱり最初の服にしよう!」

私は白いハートネックのプルオーバーのブラウスにふんわりとしたブルーグリーンのフレアスカートを合わせると、髪の毛を整えてマンションの下へ降りていった。

下に降りると既に部長はエントランスの外で立って待っていた。今日の部長は白いTシャツにグレーのジップアップのカーディガン、そしてインディゴブルーのジーンズを合わせている。それがとてもよく似合っていて、部長が着ると一段とお洒落に見えた。

「部長、すみません。お待たせしました」

「いや、俺も今来たところだ」

部長がスマホをボディバッグに入れながら微笑む。

「じゃあ駅に行きますか。えっと、電車で神田まで行ってそこから少し室町方面に歩くんですけど、ひとつ心配なことがあって……」

「心配なこと?」

「はい。あの……、会社の人とか大丈夫ですかね? 休日に部長と一緒にいるところ見られたら、何か言われちゃうんじゃないかと……」
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