すべてが始まる夜に
「すみません。マニュアル本を全部鵜呑みにしてたからシチュエーションなんて考えたことなくて……。ただ、やっぱり初めてだから怖いので、怖くないようにしてほしいです……」

「怖くないように、か……」

部長は何かを考えるように大きく息を吐くと、テーブルに置いてあったミネラルウォーターのキャップを捻り、喉を鳴らして水をゴクゴクッと飲んだ。

「じゃあ、白石から俺にキスしてみるか?」

「わっ、私が部長に、キ、キスですか?」

「そうだ。自分からキスするなら怖くないだろ?」

はっ、恥ずかしくてそんなことできないよ。
こ、この隣に座ったこの状態で部長にキスするってことでしょ?

「で、できません……」

「できない? できないことないだろ? このあとのことなんてそれ以上のことをするんだぞ。わかってるよな?」

「だ、だって、こんなソファーの隣に座って部長にキスなんて……」

「隣に座ってキスなんかできない? まあ確かにそう言われればそうだな。最初は横からより正面からのキスの方がやりやすいか。じゃあ、俺の膝に跨って座ってみるか? そしたら正面だからキスしやすいだろ?」

はっ? 部長の膝に跨る?
いや、無理無理。そんなの絶対無理だってば!

「白石、ここ座って」

ここ、と部長が自分の腿のあたりを指さしている。

「ほんとに、ほんとにそこに座るんですか?」

「正面からのキスの方がいいんだろ? 早くしないと3ヶ月なんてすぐ経ってしまうぞ」

3ヶ月なんてすぐ経ってしまう──という言葉を聞いて、私はソファーから立ち上がり、部長の目の前に立った。
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