すべてが始まる夜に
「これでいいのか?」

「は、はい……。部長、絶対に目を開けないでくださいね」

「わかった、開けないよ。……っていうか、ちょっと待て。その、部長っていうのは止めてくれないか? こういうことをするときに部長と呼ばれるのは……。普通は呼ばないだろ?」

「じゃ、じゃあ、なんて呼べば……」

「悠樹だ、悠樹でいい。これからレッスンのときは名前にしよう」

「む、無理です。そんないきなり部長のことを名前でなんて……」

下の名前で呼ぶだけでも難易度が高いというのに、しかも呼び捨てだなんて……。

「茉里、早く呼んで」

ま、茉里って……。
部長も私のこと名前で呼ぶの?
恥ずかしすぎて、部長にチラチラと視線を合わせながら顔が真っ赤になってくる。

「そんな真っ赤な顔しやがって……。茉里? 呼べないのか?」

「じゃ、じゃあ……、あの、悠、くん……、悠くんでも、いいですか……?」

逃げ出したいほど恥ずかしくてたまらない。
顔から火が噴きそうだ。
部長は私の見て少し顔を背けたあと、いいよ、と頷いた。

「ゆ、悠くん……、目、目を、瞑って……。お願い……」

部長が再び静かに目を閉じる。
睫毛が長くて、とても整った顔がすぐ目の前にある。
その部長に今から自分がキスするなんて、もうドキドキが止まらない。でもこれをクリアしないと、これから先には進めないのだ。
私はそっと顔を近づけて、唇に触れた。
そのまますぐに離れる。

だけどいくら待っても部長は目を閉じたままで開けてくれない。

どうしたんだろう?
どうして目を開けてくれないの?

「ゆ、悠、くん……?」

私は小さな声で名前を呼んだ。
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