すべてが始まる夜に
「あっ、その会議なんだけどね、この間福岡に出張に行ったでしょ。新店舗として使用する建物が、実際に見るとすごく素敵な建物でね。その周りにあるカフェも見て帰ったんだけど、美味しそうなフードやスイーツを出していたこともあって、新店舗でも今あるラルジュのフードやスイーツを使ってお洒落に提供できないかなって考えたの。それで会議をしてみんなでアイデアを出してみたらどうかってことになってね」

そうだったんですね、と若菜ちゃんは納得したように頷いている。

吉村くんも、なるほどな──と頷いたあと、何か疑問に思うことがあったのか「今の話って……」と私に尋ねてきた。

「出張のときに新店舗の周りのカフェも偵察に行ったのか?」

「うん、そうだよ。近くにうちと同じようなチェーン店のマルベリーカフェがあってね、そこのタマゴサンドがすっごく美味しくてびっくりしたの。部長も美味しいってびっくりしてた。ほとんどのお客さんがそのタマゴサンドを頼んでてね。うちのローストビーフサンドもかなり人気だけど、普通に提供してるだけだとこのタマゴサンドに負けちゃうかもしれないねって部長と話をして……」

「部長と一緒に行ったんだ……。よく時間があったな、確か日帰りだったよな?」

多分吉村くんは普通に疑問に思って聞いているだけなんだろうけれど、本当は日帰りではなく宿泊していたという後ろめたさから、もしかして疑われているのではと考えてしまう。

もし部長と一緒に宿泊していたことが知られてしまったら、あの時は・・・・本当に仕事で、やましいことは何もなかったとしても、2人で宿泊するなんて怪しいと勘違いされてしまいそうだ。

「そ、そうだよ、日帰り。帰りは最終便で帰ってきたから。だから結構遅くまで福岡にいて、新店舗の場所の確認が終わったあとで2軒ほどカフェをまわったの。お昼ごはんをギャラリーのオーナーにご馳走になってからまわったから、結構お腹いっぱいで……。でも、それでもね、あのタマゴサンドは美味しかったよ」

疑われないようにと、わざとギャラリーのオーナーと一緒にお昼ごはんを食べた話題を出して、動揺を悟られないように平静を装う。

「帰りは最終便だったのか。場所が遠いとやっぱり大変だよな」

どうやら私の話を信じてくれたようだ。
安心して小さく息を吐く。

なんだ、やっぱり疑ってなかったのか……。
そうだよね。場所が遠いのに、普通は現場見たあとでカフェに行くって考えないよね。
よかった……。

私はほっと胸を撫で下ろすと、水曜日の会議までにみんなに配る資料作成をするため、パソコンを開いて作業にとりかかった。
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