すべてが始まる夜に
「おっさんって酷くない? それ言うならせめておばさんにしてよね」

「はっ?」

「私、女性だよ。おっさんはないでしょ? そこは普通おばさんでしょ?」

「えっ? 怒るポイントってそこ? お前ってほんと天然で面白いよな」

「そのさぁ、葉子にしても若菜ちゃんにしても吉村くんにしてもいつも私に天然って言うけど、それやめてほしいんだけど。私は天然なんかじゃないんだから!」

「いや、お前は紛れもない天然だよ」

楽しそうに笑い出す吉村くんに対して、「私は天然なんかじゃありませんー!」と言い返していると、楽しそうだな──と背後から声が聞こえてきた。

えっ? と後ろを振り返ると、部長が私たち2人を見ながら立っていた。

「あっ、すみません。コーヒーを取りに来たら、同じタイミングで白石もお茶を買いにきてて、ちょっとだけ雑談してたんです。すぐ戻ります」

吉村くんの言葉に「そっか」と口元だけで笑顔を作った部長は、私と目が合った途端、すぐに逸らし自動販売機の前に移動して、ボタンを押し始めた。

いつもなら「雑談って何の話をしてたんだ?」と自分も話の輪の中に入ってきて笑顔を向けてくれるはずなのに、今日はどういうわけかそんなことも聞いてくれない。どうしたんだろう、と気になってしまう。
お茶を手にした部長は、そのまま何も言わずフロアへと戻って行ってしまった。

「俺たちもそろそろ戻るか」

そうだね──と返事をして、お茶と紙コップを手に持ってソファーから立ち上がる。

「白石のおかげでリフレッシュできたよ。ありがとな」

うん、と頷いた私は、部長のことが気になりながら吉村くんと一緒にフロアへと戻っていった。
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