すべてが始まる夜に

「もしもし、白石です」

「白石ごめん、俺だ。会議が長引いて今から会社出るから、８時でもいいか？」

「大丈夫です。部長こそ大丈夫ですか？」

「ああ、大丈夫。７時半って言ってたのにごめんな。じゃあ、あとで」

部長は急いでいるのか、そこで電話は切れてしまった。その切れたスマホの画面をしばらく見つめてしまう。

今まで会議で、私には８時に来てって言ってるけど、部長、ごはんはどうするつもりなんだろう？
食べないのかな？
あっ、もしかしてカップラーメン？

時計を見ると８時まであと30分ある。
このレッスンのせいで部長の夜ごはんの時間が削られてしまったのでは申し訳ない。
私は簡単なものだけ作って持って行こうと冷蔵庫の扉を開けた。

材料を見て30分という制限の中で簡単にできるものと言えば、鍋くらいしか思い浮かばなかった。
一瞬どうしようかと考えたけれどカップラーメンよりかはマシだろうと思い、小さな土鍋を用意して白菜やきのこ、長ネギやお豆腐に豚バラ、油揚げにもやしを入れて鶏ガラスープの素を使って鍋を作り始めた。

鍋を煮込んでいる傍ら、冷凍庫からごはんを取り出してレンジで解凍する。
おむすびを２個作ってお皿に置いてラップをかけると、土鍋と一緒にトレイに置いた。

「あっ、もう８時だ」

私はスマホと鍵だけ小さなトートバックにいれると、それを腕にかけ、土鍋とおむすびをのせたトレイを持って部長の部屋へ向かった。

肘でインターホンを押してドアの前で待っていると、ガチャ──と音がして部長がドアを開けてくれた。

「遅くなって悪かったな……っていうか、お前何を持ってきたんだ？」

今帰ってきたばかりなのか、ネクタイは外してあるけれどまだスーツのままだ。会社で毎日見ている姿なのに、ネクタイを外しているというだけで、男性としての色気を感じてしまう。

「夜ごはんです。部長、さっきまで会議だったということは夜ごはん食べられてないですよね？ もし良かったらどうぞ」

はい、とトレイを渡すと、戸惑いながらも部長が受け取った。

「とりあえず、あがって」

部長がトレイを持ったままリビングへと戻っていく。
私は「お邪魔します」と言って、部屋の中に入っていった。