すべてが始まる夜に
「そう言えばさ、この間リフレッシュルームで吉村と楽しそうに話してたよな。何を話していたんだ?」

部長は本当にこうして話をしてくれるつもりなのか、片方の手で私の頭を撫でながら尋ねてきた。

「あれはお茶買いに行った時に偶然リフレッシュルームに吉村くんがいて……。あっ、そうだ。先に言わなきゃいけないことがあって……。あの、今週のレッスンのことなんですけど、今日と明日でもいいですか?」

私は吉村くんとの約束を思い出して、腕の中から部長を見上げた。

「それはいいけど。日曜日は何か予定があるのか?」

「はい。吉村くんと一緒に目黒のカフェに行くことになったんです。最近できたカフェみたいですごく人気らしくって、今回の新店舗のアイデアが見つかるかもしれないから一緒に行ってみようって誘われて」

「えっ?」

部長はなぜか驚いたような顔をして私を見つめている。

「来週の会議までに何かいいアイデアが見つかるといいんですけどね。ヒントくらい見つからないかな……」

「なあ、それってその……、吉村と2人で?」

「はい、そうです。今後の勉強になるかもしれないって。吉村くんも名古屋の新店舗のこともありますしね」

頷きながら笑顔を向ける。
部長も笑顔で「お前たち勉強熱心だな。いいアイデアが見つかるといいな」なんて言ってくれると思っていたのに、どういうわけか、いきなり唇を塞がれた。

えっ? きゅ、急にどういうこと?
今から、レッスン開始ってこと?

確かにこんなことをするのに、“これからレッスンを始めます” みたいな号令はかけないと思うけれど、それにしてもいきなりすぎる。
しかもさっきみたいな優しいキスではなく、怒ったような荒々しいキスに感じてしまうのだ。
いったいどうしたというのだろう。

「いやっ、やだっ、やめて、お願い……」

怖くなった私は必死で首を振った。
部長が動きを止め、顔を上げる。

「茉里……?」

この間こんな風にされたときは恥ずかしい気持ちでいっぱいだったけれど、今日はなぜか怖くて堪らない。
部長がまるで別人みたいに感じてしまう。
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