すべてが始まる夜に
「茉里、どうした?」

部長が不安そうな顔をして私を見つめる。
どうした? と尋ねてくれる声だって、こうして見つめてくれる顔だって、いつもの優しい部長と変わりないのに、今日はどうしてこんなにも怖いと、別人だと感じてしまうのだろう。

「ごめんなさい……。今日はなんか怖くて……。ほんとにごめんなさい……」

ぽろりと涙が零れる。
私の言葉を聞いた部長が、ごめん──と言って私を抱きしめた。抱きしめたまま、怖がらせてごめん──ともう一度呟く。

部長が悪いわけじゃないのに、部長はこの間と同じように怖くないようにしてくれているはずなのに、悪いのはこんな風に感じてしまった私なのに。
それが証拠に、部長の腕に包まれている温もりによって、さっきまで怖いと感じていた気持ちが少しずつ軽減されている。

どのくらい時間が経っただろうか。
頭上から部長の声が聞こえてきた。

「茉里、大丈夫? 少し落ち着いた?」

「大丈夫……。ごめんなさい……」

「怖がらせてごめんな。怖がらせない約束だったのに」

「違う、悠くんが、悠くんが悪いんじゃない……」

「いや、俺が悪いんだ。ちょっと、その……、止められなくなって茉里に激しくしてしまったから」

部長は目尻に零れた涙を指で優しく拭い取ってくれながら、ほんとにごめんな──と呟いた。
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