すべてが始まる夜に
「ほんとに悠くんが悪いんじゃないの。ただちょっと怖かっただけ」

「今日はやめとく?」

「ううん、レッスンしてほしい……」

「じゃあ今日はこれから最後までするから。途中で怖かったら言って」

まるで愛おしいものでも見るような優しい瞳で見つめ、私の頭を撫でてくれる。
会社で見る顔でも、一緒にカフェで話をしているときの顔でもなく、優しいけれど色気を纏った男の顔だ。

今日は最後までするから──。

この言葉が私の心に落ち着きを失わせ始める。
もちろん自分から言い出したことだし、部長のことは信頼しているし、どういうことをするのかも十分わかっている。悩みの種だった “経験がない” という囚われからやっと解放されるのだ。
でもこれから起こる未知の世界のことを想像してしまうと、不安な気持ちで押しつぶされそうになる。

「悠くん、その前に、キスして……お願い……」

気づいたら私はそんな言葉を漏らしていた。

部長の目が一瞬見開き、茉里──と唇が重ねられた。

優しい優しいキスだった。
私が怖くないようにやんわりと唇を包み込みながらキスを続けていく。その唇がゆっくりと首筋を這い、胸元へと移動した。

綺麗だよ、茉里──と魅惑的な瞳で見つめられ、戸惑いと恥ずかしさでいっぱいになる。
どんどん呼吸が乱れていき、私は必死で手の下にあるシーツをぎゅっと握りしめた。
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