すべてが始まる夜に
「茉里、もしかしてまだ夜だと思っているのか? もう朝だぞ。朝の10時」

そう言いながら、部長が部屋のカーテンを開ける。
すると部屋の中がパッとが明るくなり、レースのカーテン越しに差し込んでくる柔らかな光で包まれた。

「うそっ、ほんとに朝だ……」

驚いて両手を口元に当てる。
少し目を瞑っていた感覚だったのに、朝まで部長の部屋で過ごしてしまうとは。

「す、すみません。朝までここにいたなんて……」

「そんなことは気にしなくていいよ。それよりコーヒー淹れるから、服着たらリビングに来て」

部長はニコリと微笑むと、ドアを閉めてリビングに戻っていった。

部長は気にしなくていいと言ったけれど、非常識なレッスンをお願いしているうえにここで寝てしまうなんて、私はどれだけ部長に迷惑をかければ気が済むのだろう。
今まで他人に迷惑をかけないように生きてきたつもりだったのに、ここ最近の私は部長に迷惑ばかりかけている。

それに──。
私がここで寝たということは、いったい部長はどこで寝たのだろうか。
まさか一緒にここで寝たなんてことはないだろうし、私がベッドを占領したということはきっとリビングのソファーで寝たはずだ。
もう情けないを通り越して、呆れて自分自身が嫌になってくる。

私は服を着ると、ベッドの掛け布団を綺麗に直して寝室のドアを開けた。

開けた途端、何やらガリガリという音が聞こえてきた。
音がする方へ視線を向けると、部長がダイニングテーブルに座ってハンドルのようなものを回している。
様子を窺うように近づいてみると、そこからはコーヒーの匂いが漂ってきた。
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