すべてが始まる夜に
「茉里、コーヒー入ったよ」

コトンとコーヒーの入ったマグカップが置かれ、私は目の前の椅子に座った。
マグカップを手に持つと、ふわりとコーヒーの香りが鼻腔を擽っていく。

「ほんとにいい香り。挽きたてってこんなに香りが違うんだ……」

「蔵田さんとこみたいに完璧じゃないけど、なかなかいい感じに抽出できたみたいだな」

部長は早速コーヒーを飲んだのか、満足そうに頷いている。

私もコーヒーを口に運んだ。

「あっ、美味しい! それにすごく飲みやすい。苦味も少なくてまろやかで……。私、このコーヒー好き」

「そっか。ならよかった」

部長が嬉しそうに笑顔を向けてくれる。
部長とがっつり目が合った途端、昨日の夜のことを思い出してしまい、私は視線を逸らすようにもう一度コーヒーを口に運んだ。

そうだ。私は昨日、とうとう最後まで経験してしまったのだ。
目の前にいる部長と……。
部長にされたことを思い出すと、恥ずかしくてここから逃げ出したくなってしまう。
早くこのコーヒーを飲んでさっさとお家に帰ろう──。
そう思っていると、目の前から「茉里」と名前を呼ばれた。

「身体は大丈夫か? まだ辛いか?」

心配そうな表情を向けてくる部長に、小さく首を振る。

「大丈夫……です」

「今日はレッスンどうする? やめとくか?」

レッスン?
そうだ、忘れてた。
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