すべてが始まる夜に
「じゃあ私そろそろ帰りますね。コーヒーごちそうさまでした」

手に持っていたマグカップをテーブルの上に置き、椅子から立ち上がる。

「もう、帰るのか?」

「はい。帰ってシャワーも浴びたいし、明日も朝から出かけるので、買い物とかお洗濯とか済ませておきたいなと」

「ああ、そう言えば明日は吉村と出かけるんだったよな?」

「はい、そうです。何かいいアイデアが浮かぶように吉村くんとしっかり見てきますね」

本当に何かいいアイデアが見つかるといい。
その思いも込めて部長に笑顔を向ける。

「明日は朝から出かけるってことは、夕方には戻ってくるのか?」

「多分……そのつもりです」

「じゃあ帰ってきたら連絡くれないか? 人気があるカフェなら俺もどんなカフェだったのか知りたいし」

「あっ……はい、わかりました。じゃあ帰ってきたら連絡しますね」

私はもう一度部長に笑顔を向けると、部長の部屋を出て自分の部屋へと戻っていった。


部屋に戻ってから、私はまずシャワーを浴びようとすぐに浴室に入った。そして鏡に映った自分の姿を見て、えっ──? と驚いてしまった。身体中にたくさんの赤い痕があるのだ。幸い、首にはなかったものの、鎖骨から胸、下腹部の辺りまで多数の赤い痕がついている。

最初は何の痕なのか分からず、何か悪い病気になってしまったのではないか不安になった。部長に相談した方がいいのかどうしようかと迷いつつ、先にネットで確認しようと検索したところで、これが部長がつけたキスマークだとわかり、ほっとしたのと同時に恥ずかしくなってきた。

「こんなにいっぱい……。これってすぐ消えるものかな?」

服を着れば見えることはないけれど、セックスをしたという証拠のようで恥ずかしくて仕方がない。
私はシャワーを浴びて浴室から出ると、その赤い痕を自分の目から隠すように、クローゼットから黒いセーターを出してそれに着替えた。
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