すべてが始まる夜に
「お前、おとなしそうな顔をしてかなり大胆なこと言うよな」

「自分で言うのもなんですが部長にとってはベストな相手だと思いますよ。私、経験ないから比べる人がいないですもん。私ももう27ですし、これから誰かと付き合うにしても初めてだと不安なんです。部長が練習相手になってくださるのでしたら、素性も知れてるし安心ですし」

「だからと言って、じゃあ練習しようかと俺が返事できるわけないだろ。お前は部下だぞ。部下に手を出せるわけがない」

「付き合うわけじゃないんですよ。私だって身体の関係を持ったからって誰かに言うなんてことしないし、訴えることもしません。本当に単なる練習相手です。心配なら誓約書でも書きます。いい提案だと思いませんか?」

部長は困ったような顔をして大きな溜息を吐いている。

「お前さ、今日は俺の振られた場面に遭遇したこともあってそんな感情に惑わされているんじゃないのか」

「そんなことありません」

「だいたいそういうことは好きな男とするもんだろ。とにかく一度冷静になってよく考えてみろ」

「私は冷静ですけど」

「あのなあ、白石。そういうことを軽々しく言うもんじゃないぞ。お前みたいな女性がそんなこと言ったら、男は喜んでみんな本気にするぞ」

「そんな私だってこんなこと誰にでも言いません。今、部長に言ったのだってすごく恥ずかしいのに、でも勇気を出して言ったんです。この年で初めてなのが怖くて不安なんです」

私だって部長にとんでもないことを言ってることなんてわかってる。
わかっているけど──。
部長なら理解してくれると思ったのに。
長年の抱えてきたいろんな思いが溢れ出してきて、どういうわけか目元がうるうるし始めた。

「ちょ、ちょっとなんで白石が泣くんだ。俺が泣かしてるみたいだろ。分かった、分かったから泣くな。とにかく1週間よく考えてみろ。話はそれからだ」
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