すべてが始まる夜に
「うわぁ、見て見て! こんなにケーキがあると目移りしちゃう」

色とりどりの可愛らしい形をしたケーキが、ショーケースの中に綺麗に並べられている。

「あの黄緑の丸いケーキ、ピスタチオのムースだって。あっ、マンゴープリンもある! いちごのショートケーキは生クリームたっぷりだし、大人のティラミスって苦いのかな? えっ、お蕎麦のプリン? お蕎麦もプリンも好きだけど、お蕎麦のプリンは食べるのかなぁ?」

プリンを見て、部長のことを思い出しながら考えていると、今にも吹き出しそうな吉村くんの声が聞こえてきた。

「お前さ、ひとりごと言いながらショーケースに食いつきすぎじゃないか? さっきから店員さんが笑ってるぞ」

その言葉に顔を上げてみると、にこにこと微笑みながら私を見ている店員さんと目が合ってしまった。

「どうぞお好きなだけゆっくりと見てくださいね」

「あっ、ありがとうございます……」

恥ずかしさから引き攣った笑顔を向けて、縮こまりながら店員さんに頭を下げる。そして今度は小さな声で吉村くんに話しかけた。

「ねぇねぇ、吉村くんは何が食べてみたい?」

「俺は別に……。ケーキ見てどれがいいとかそんなの考えたことないし」

「いちごのショートケーキは好き?」

「誕生日の時に食べるケーキのことか?」

「何それ。どうして男の人ってケーキって言ったら誕生日なのかな?」

前に部長も吉村くんと同じことを言っていた。
私がケーキ屋さんにプリンを買いに行ったって言ったら、「誕生日だったのか?」って聞いてきてたもんね。
思い出してクスクスと笑ってしまう。

「何が可笑しいんだ?」

「ううん、なんでもない。思い出し笑い」

「白石ってよく思い出し笑いをするよな。カフェでもそんなこと言ってなかったか?」

「そうだね。だって思い出したら笑えるんだもん」

私はショーケースの中から6つケーキを選び、それを4つ入りと2つ入りの箱にわけてもらった。
お店を出て吉村くんに2つ入りの箱を渡す。

「吉村くん、今日はほんとにありがとね。これ帰って食べて。いちごのショートケーキとマンゴープリン」

「えっ、俺に? いいのか?」

「うん。今日は素敵なカフェに連れて来てもらったし、パンケーキもご馳走になっちゃったし。ケーキはあんまり好きじゃないって言ったけど、これ絶対美味しいと思うよ! 明日また感想聞かせて」

吉村くんは照れたような表情で箱を受け取ると、「じゃあ明日感想言うわ」とニコッと笑ってくれた。
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