すべてが始まる夜に
「私は初めてだから上手とか下手とかわからないけど、部長は……すごく上手だと思います。多分彼女は別れるって言われた腹いせにあんなこと言ったんじゃないかな。だって部長よりも上手な人って言ったら、あれ以上のことをされちゃうってことでしょ。そしたら私、どうなっちゃうかわかんないもん。今でもすごく大変なのにこれ以上すごいことされちゃったら……」

「茉里、コーヒー淹れるからケーキの用意してもらってもいいか?」

コーヒー豆を挽き終わったのか、話の途中で突然部長が立ち上がった。慌てて私も椅子から立ち上がる。
部長が挽いたコーヒーの粉にお湯を注ぎ始め、ほわっといい香りが部屋の中に充満し始めた。
私はぽとぽとと落ちていくコーヒーを眺めながら、ケーキの箱を開けて4枚のお皿の上にそれぞれを置いていく。赤やオレンジ、黄緑にクリーム色のケーキとプリンが並べられ、テーブルの上が一気に華やかになった。
そして部長は抽出したコーヒーをマグカップに注ぐと、私の前に置いてくれた。

「あー、ほんとにいい香り」

マグカップを手に取って思いっきり香りを吸い込む。
芳しいコーヒーの香りが鼻腔を擽っていく。
私はそのままマグカップを口につけ、淹れたてのコーヒーを啜った。

「やっぱり美味しいなぁ。このコーヒー大好き。苦味も少なくてまろやかで……。こんなコーヒーが毎日飲めたらいいのになぁ」

「毎日は無理だけど、毎週だったら飲めるだろ。週末はここで過ごすんだから淹れてやるぞ」

週末? あっ、そうだ。
昨日、追加のレッスンをお願いしたんだった。
レッスンの回数を少なくしてもらおうかと思っていたけれど、どうしたらいいんだろう。
もう一度きちんと聞いておいた方がいいよね。

「部長、あのレッスンなんですけど、回数はどうしたら……」

「レッスンは毎週末の金、土、日の3日」

「えっ? みっ、3日ですか? 2日じゃなくて?」

驚いて目を見開く。
最初は2日だったのに、少なくなるどころか3日に増えてるじゃん……。

「ああ、別に3日間毎日セックスをしようとしているわけじゃない。昨日、追加のレッスンとして週末は一緒に過ごすって約束しただろ? だから3日だ。期間は3ヶ月間で変わりなしだ。それともうひとつ取り決めごとを作ろうと思う」

「取り決めごと、ですか?」

「ああ。会社以外で2人でいるときは、部長ではなくお互い名前で呼ぶこと。いいな?」

「それってレッスンの時だけじゃなくて、今もってこと?」

「ああ、セックスしてるときだけ名前で呼ぶっておかしいだろ? 要するに会社以外で一緒にいるときは常にレッスンということだ」

会社以外で2人で一緒にいるときはレッスンって……。
それにセックスセックスって連呼しないでほしい。
自分から言い出したことだけど、何度も言われると恥ずかしくて顔を背けてしまう。
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